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第二章・11

 樹里が社長室に戻ると、徹はすでに服装を正していた。 「ああ、いい香りだ」  徹は、樹里の淹れたコーヒーを、実に美味しそうに飲んでくれた。  その姿にホッとした樹里は、徹に話しかけてみた。 「それで、僕はそのほか何をして働けばいいんでしょうか」 「そうだな。私の仕事の手伝いでもしてもらおうか」  え、と急に恐ろしくなった。 「それはつまり、麻薬とか特殊詐欺とか。密輸とか、密売とか、ですか」 「違うよ」  笑いを含ませ、徹は言った。 「世間一般では、ヤクザはそういうことをやって稼いでる印象があるけどね。綾瀬組は違う。ちゃんと法の範囲で商売をやってるよ」  そうだなぁ、とコーヒーを干すと、徹は樹里に向き直った。 「この社長室の管理を、任せよう。いつ私が戻ってきても、快適に過ごせるように整えていてくれ」 「はい、解りました」  それだけで、日給5万円である。  時々、徹のお相手を務めなくてはならないだろうが、憧れの人である以上苦痛ではない。  樹里は、これは夢なんじゃないか、と疑った。  しかし、芳しいコーヒーの香りは確かに現実であり、徹は確かに目の前に居てくれる。  樹里の、新しい生活の始まりだった。

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