48 / 105

第六章・2

「名画はどれも高いなぁ」  ネットで絵画を探していた樹里は、こぼした。  巨匠の作品なら億の値が付いているし、美術館から顔を出さないものも多くある。  現代の著名な画家の絵も、まず500万以上は軽くする。  さすがの日給5万円も、まだそれを購入するには届かない。 「でも綾瀬さんに、絵を買いませんか、って言うのはいやだな」  ちょっと、驚かせてみたいのだ。  自分を過酷な環境から救い出してくれた徹に、サプライズで恩返しがしたいのだ。 「よし、自分で描こう!」  子どもの頃から、絵を描くのは好きだった。  先生も褒めてくれたし、高校中退までずっと美術部に在籍していた。  元・自宅の自分の部屋にも、描いた小品を数点飾っていた。 「抽象画にしようかな」  見たものをそのまま描く具象も得意だが、好きな方は抽象画だった。  特に、カンディンスキー。  硬質でクリアな印象の作品が多い彼だが、『同心円のある正方形』のように、温かみのあるものもある。  徹への好意を、柔らかく明るい色彩と形で表したかった。  その日の夕刻、樹里は画材をたくさん買い込んでマンションへ帰った。

ともだちにシェアしよう!