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第六章・3
「おかしいな」
いつもなら、徹が玄関を開けると走って出迎える樹里が、今日は来ない。
しばらくして、ようやくパタパタと音がした。
「お帰りなさい、綾瀬さん」
「どうした? 何か勉強でもしていたか?」
それには迷っている風の樹里だったが、やがて打ち明けた。
「実は、絵を描いていました」
「絵を?」
スーツを脱ぎながら、徹は訊き返していた。
「社長室が少し寂しいな、と思いましたので」
「樹里が描いた絵を、飾ってもらえるのか。それはいい」
「ありがとうございます!」
いつものように二人でシャボンを使いながらも、樹里は絵の話をした。
「でも、僕はプロの画家でもないし。巧く描ける自信がありません」
「うまく描こう、なんて思うから良くないんじゃないのか?」
お前はいつでも、素直に自分をさらけ出していればいい。
「あ、綾瀬さん、そんなトコ……ッ」
「私にも、同じようにしてくれ」
「あ、でも。んぁ、はぁ。あぁあ……」
泡と一緒に溶けてしまいそうな声だ。
「続きは、ベッドの上で」
徹の甘い低音が耳に響いただけで、樹里は精を吐いてしまった。
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