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第八章・5

「コーヒーが飲みたい。さっそく、淹れてくれ」 「は、はい!」  給湯室で涙を拭いながら、樹里はコーヒーを淹れた。  徹は新聞に目を落としながらも、その内容が全く頭に入ってこなかった。 「可愛すぎる」  ぼそりと、つぶやいた。  自分の性格が、どんどん円くなっていってしまうようで、少し怖くなった。  この業界、わずかな情けが命取りになる。 「いや、違う」  それは、樹里のせいではない。  仕事とプライベートは、別だ。  最近落ちている業績を、樹里のせいにするのは、お門違いだ。  そこまで考えた時、コーヒーの香りが漂った。 「コーヒー、お持ちしました」 「うん」  深煎りの、苦味が強いトラジャ。 「これは美味い。今までで、最高の出来だ」 「ありがとうございます!」  樹里の笑顔を見ると、ついこちらも口元が緩む。  しかし、これでいいんだ、と徹はカップを口にした。

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