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第十章・2
一刻を争う怪我の手術だ。
できるだけ早くの処置が、求められる。
そしてその通り、樹里の手術は極めて手早く行われた。
だが、それを待つ徹には、途方もなく長い時間に思われていた。
「樹里……」
毛利の腕を、疑うわけじゃない。
しかし、万が一。
いや、そんな不吉なことを考えてはダメだ。
「樹里は、絶対に助かるんだ」
樹里を連れて来るんじゃなかった。
彼は、綺麗な堅気の少年だったんだ。
それを忘れて、浮かれて連れ廻っていた自分が呪わしい。
『綾瀬さん』
樹里の声が、脳裏に響く。
明るく温かな、彼の声。
もう一度、聞かせてくれ。
あの声を。
「死ぬな、樹里」
両手の指を固く組み、頭を垂れて徹は冷たい廊下で手術室のドアが開くのを待った。
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