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第十一章・6
徹は、指を組んだまま軽く瞼を閉じていた。
ただ、淡々と樹里に告げた。
「家族の元へ帰ってもいいし、画家として独立してもいい。ただ」
ただ?
樹里が息を詰めて見守る中、徹は最も残酷な言葉を言った。
「君はもう、私の傍に居ない方がいい」
樹里は唇の先だけで、目の前の愛しい男の名を呼んだ。
声に出せないほど、ショックを受けていた。
綾瀬さん、僕のこと飽きちゃったんですか。
ペットは、飽きたらやっぱり捨てるんですか。
そんな意識が、頭の中を渦巻いた。
沈黙と、コーヒーの残り香の中、徹が重い口を開いた。
「樹里はもう、一人前の画家なんだ。極道の私と一緒にいると判ると、スキャンダルになる」
樹里の眼に、涙が盛り上がってきた。
徹の姿がぼやけて見えないほどに、大粒の涙が瞳を浸した。
「それに、君を二度と危険な目に遭わせたくない」
徹は、自然とうなだれていた。
私のせいで、樹里の未来を脅かすような真似は、もうたくさんだ。
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