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第十一章・8
「それに、僕は、絶対に綾瀬さんを残して死んだりしません。なぜなら」
「なぜなら?」
「なぜ、なら……」
そこまでで、樹里は腹を押さえてその場にうずくまってしまった。
「樹里!?」
デスクから離れ、徹は慌てて樹里に駆け寄った。
「どうした。傷が痛むのか?」
「う……、うぅ、う……」
額に汗をかいて、樹里はひどく苦しそうだ。
「医者に!」
そんな徹の腕を取り、樹里は弱弱しく首を振った。
「大丈夫、です。少し休めば、治まり、ます……ッ」
徹は、樹里をソファに寝かせ、その腹に手を当てて撫でさすった。
呼吸が乱れていた樹里だったが、そうやって徹が介抱してくれるのが効いたのか、次第に落ち着きを取り戻していった。
「ごめんなさい、綾瀬さん」
「私こそ、すまない。酷な話をしたからだな」
腹に沿わされた徹の手に自分の手のひらを重ねると、樹里は静かに言った。
「僕は、絶対に綾瀬さんを残して死んだりしません。なぜなら」
そう言えば、そんなことを樹里は言ったんだった。
そして、腹痛に見舞われたのだ。
徹は黙って、樹里の言葉を待った。
「なぜなら、僕のお腹には、綾瀬さんの赤ちゃんがいるんですから」
言葉を失い、徹は樹里を、樹里の腹を見た。
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