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第十二章 カンバスに想いを込めて
「本当か」
かすれた声で、徹は訊き返していた。
樹里に、赤ん坊が。
私の、子が。
「しかし、避妊はいつもしていたはずだ」
「退院した日、綾瀬さんはピルを飲んでない僕を、スキンも付けずに抱いてくれました」
あの時に、授かったんです。
今度は樹里が、淡々と話した。
表情の読めない、口調だった。
(綾瀬さん、赤ちゃんのこと祝福してくれないかもしれない)
そう、樹里は覚悟していた。
「入院してたから、ピルはずっと飲んでなかったんです。正直に言うと、一瞬妊娠の可能性が頭をよぎりました」
でも、と樹里は再び涙声になった。
「綾瀬さんの赤ちゃんなら、欲しいな、って。綾瀬さんの赤ちゃん、欲しいな、って思っちゃって」
「泣くな」
徹は、樹里の腹を優しく撫でた。
「ここに。樹里に、私の子が」
その手を、樹里は強く握りしめた。
「産ませてください、お願いします。邪魔だっておっしゃるのなら、僕一人で育てます。だから!」
産ませて、と樹里は涙をこぼした。
温かな涙が、徹の手にも流れ落ちて来た。
徹は、もう片方の手で樹里の手を握った。
その涙ごと、包み込んだ。
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