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第3話オメガの体ということ

 その後、オメガに後天的に変化したことによって、匠は勤めていた会社を辞めることとなった。勿論、社会的にオメガの雇用も増えて来たと言っても、まだまだオメガの企業への就職率は悪い。  今後の事を考えれば、辞表を提出するほか無かった。手に職を、と思い今はデータ入力の請負を暇なときにしている。  誠実とあの薬の経過が見たいと言い、一緒に住むことに成ったから、それほど稼ぐ必要もなくなったわけだし。流石に、広すぎるマンションの部屋代を出せはしないが、食費などは稼がないとと仕事をしているわけだ。誠実が何でこの年でそんなに稼げているのか、と不思議にも思うが、ひとつ前に薬を開発して、それが特許を取ったらしい。そのため、会社からも褒章が出たんだって。まぁ、それ以上に何故か出世も早いみたいだけど。  経過観察とは言うが、番になったと言っても匠が誠実に抱かれることは無く、発情期が来ても誠実はアルファ専用の抑制剤を飲んでしのいでいたようだ。  まぁ、浮気をしないようになっただけましなのかもしれないけれど、何のために番に成ったのか、と問いたい。  誠実とは、過去に一度だけだが体の関係も有るわけだし、全く知らない仲じゃないのだから。  遠慮しないで、手を出せばいいのにと匠は思ってても言わない。 「匠ちゃん、今度俺の研究室に来てよ」  ある日、突然言われたその言葉に匠の反応が遅れた。思わず、淹れて来たコーヒーを零しそうになるほど。  匠が、ハッとして誠実を見て、はぁ?と気の抜けたような返事をすれば、誠実はいいからいいから、と笑って言う。  コーヒーを渡し、自分もソファーに座ってから、匠は首を傾げる。  いいから、イイからって、何がいいのかさっぱりと分からん。  けれども、ココで拒絶した所で、誠実は匠を何をしてでも連れて行くだろうし、変わらないか、と考えを纏める。  分かったと頷けば、じゃあ、と日時指定で誠実がニッコリと笑った。  それが、今週の始まりの事。  今は、週の終わり、花の金曜日と言われる曜日だ。  まぁ、土日も働く仕事の人は、何が花の金曜日だ!と思うかもしれないが。  昼時を過ぎた辺りに、誠実の会社の前に匠は起っていた。 「おい、来たけどどこに行けばいいんだ?」 『あっ、匠ちゃん。今から迎えに行くから待ってて』  ビルを見上げ、携帯を手に取り誠実へと電話をする。  すぐに繋がったその電話で、誠実がすぐに来ると言うから、とりあえずエントランスまでは進むか、と匠は自動ドアをくぐった。  人が闊歩する明るいビルの中、何となく居心地が悪くて匠は、設けられていた空いている椅子へと腰を掛ける。  暫くすると、あっ、匠ちゃーん、という何ともいつも通りな誠実の声が聞こえて来た。 「お待たせ、じゃ行こうか」  誠実に手を引かれ、椅子から立ち上がると、手を繋いだまま歩き出す。  誠実の研究室は、このビルの中間あたりにあるらしい。  大きなビルだが、その分研究者を雇い、様々な分野の薬を研究しているとのこと。  オメガ、アルファの安価な抑制剤の開発もこの会社が行っている。  バース性の抑制剤研究は、この会社が一番だ。薬に関係が全くなかった元ベータの匠でさえ知っている。  歩けば歩くほど専門機器や、無菌室なんかもあったりして、本格的に研究所としての意味合いが強い場所だと感じた。 「じゃ、ここに寝てて」  と、MRIみたいな機械に寝かせられるとそっと目隠しとヘッドホンをされた。  何の機械、と聞けば、バース性の関連機器だと言う。匠には、さっぱりと分からない分野のモノだが。  すぐ終わるから、とそのヘッドホンの中から誠実の声が聞こえてくる。  それ以降、無音状態の中、何をされているのか分からないまま機械の分析は終わった。  お疲れさま、と目隠しとヘッドホンを取ってから言われ、差し出された手を取って立ち上がる。  真っ暗なところから、行き成り光を浴び、匠は目を顰めた。ふらつきながら立ち上がれば、誠実がしっかりと支えてくれる。こう言う所は、アルファはずるいと常々感じてしまう。  体の中に何かを入れられた覚えはないし、匂いも変わった物は何もなかった。何の検査か、全く見当がつかない。 「俺の体に、今度は何をしたんだ?」 「なにも?ただ、経過を見させてもらっただけだよ」  写真は残ってないらしいが、この機械の中に入り、匠の体の中を見たらしい。  体に害は無いと言うが、本当かどうかは分からない。  その後、血液検査のために、匠は小さな容器に二本、血を取られた。  まるで、病院の健康診断をしているようだ、と感じつつ一連の検査が終了する。  誠実は、この後は上がりだからと着替えて一緒に退社した。外に出れば、綺麗にビルへ夕焼けが映っていた。それほど時間が経っていたらしい。そんな感覚は一つも無かったんだが。  久しぶりに、誠実と外食をするような形になったけど、ゆっくりと話ができる状況がここ最近なかったから、単純にうれしかった。  ほろ酔い気分で、二人部屋に帰ると、ふとリビングに飾ってあるカレンダーに目をやる。  明後日から一週間、バツ印が7日間。そう、もう何度目かになるか分からない匠の発情期間。  はぁ、とため息を吐いてから、誠実に風呂を促した。  タイマーで、自動的に洗って湯をためてくれるので、返って来たばかりでも時間であれば風呂は沸いている。  誠実が風呂に入っている間、ポスっとソファーに身を沈めた匠は、ふぅ、と息を吐き出した。  今の生活に不満があるわけじゃないが、やはりベータだった頃と比べると、オメガと言うこの体はとても面倒に思えて仕方がない。  特に、一週間拘束されるように気怠さが、抑制剤を飲んでいて続く週、発情期が有るのだから。オメガが、こんなハンデを抱え、それでも社会進出しているのは正直尊敬する。  きっと、小さなころからオメガだったら、何か変わるのかもしれないな、と匠は自嘲するように笑う。  そんなことを考えているうちに、うとうととしだす。誠実を待って、次にお風呂に入って……と考えてはいるが、その考えも朧気に溶けて行く。  ボンヤリとした視界の中、誠実の姿が見えた気がしたが、もう無理、というように匠は意識を手放した。

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