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第4話 許さなくていいよ、でも……
side誠実
お風呂に入りながら、誠実は考えていた。
きっと、匠は恨んでいるんだろうな、と。勝手に被験者にさせて、勝手にオメガにして、勝手に番にした。
それでも、後悔はしていない。後悔なんて、するはずがない。
例え女だろうと、匠が誰かの物になるのが許せなかった。匠は、番を失った誠実の中に唯一残ったモノだから。
だから、誰かの物にならないように先手を打って、自分の物にした。番にしてしまえば、どこかに行ってしまう心配が無いから。元ベータの、生粋のベータの匠には運命などいないのだから。
そんな誠実の側に匠がいるのは、誠実が匠の幼馴染だからだと思う。そして、真を失った誠実を間近で見ていたから。
親や双子の兄にすら、どこか腫れものを触るように接せられると言うのに、匠はずっと変わらずに接してくれた。
もう、匠しか、いなかった。気が付いた時には、全部全部この掌から零れ落ちて、残ったのは匠だけ。
匠は、幼馴染だったけど、オメガとアルファで、匠だけがベータだったから直ぐに居なくなると思っていた。それが、どうしてここまでの関係を築けたのかよく分からない。
黄色い玩具のアヒルを一羽、ざぷん、と湯船から掬いあげて考える。
滴り落ちる雫と、手のひらに残るその黄色いアヒルにクツクツと自重に近い笑いが漏れた。
答えなど、自分の都合のいい様にしか出ないのに。
「出たよ、すすむ・・・ちゃん?」
ゆったりと風呂を満喫して上がれば、ソファーに沈みながら静かに眠る匠の姿が目に入った。
その姿がいかにも無防備で、くすっと笑ってしまう。誠実が何をしようが、匠は誠実を信頼し、変わらないのだ。
そう、たとえその油断でオメガに変質させられたとして。
匠の体をそのままにしておくわけにもいかないだろう。
ラフな格好をしていたので、ベルトを緩めるだけで寝苦しそうな箇所は特に見当たらなかった。
ほっと、息を吐くとその体を抱えて立ち上がる。
元々、ベータだけあって匠の体はしっかりとした男性体をしていた。
本当に、オメガだと言われなければベータらしいベータだろう。
それを、捻じ曲げた。
匠も気が付いてないだろうけど、匠の体は少しずつオメガに近づいている。
前よりも、筋肉質だった体は柔らかみを増し、全体的に柔らかくなった。少しずつ変化しているそれ。気が付いた時、匠はどう思うのか。
怖くて、考える事も出来ない。それでも、誠実は匠を開放することも出来ない。
匠を誠実が匠ちゃんって呼ぶのは、癖みたいなもんで、今更匠って呼び捨てにするのも気恥ずかしい。
昔は、そう呼ぶことで見下して離れていくように仕向けて、他のオメガたちに目を向けてみたりした。
本気になれそうな子だって居たのに、結局浮気して、ダメにして匠にまた迷惑かけて、どうしようもなかった。
どうしても、我慢できなくて匠を襲った。その時、感じた満足感が今でも忘れられない。求めていたのはそれだったのだと、気絶した匠を前にして気づかされた。
そうして気が付いてしまえば、もう他に目を向ける事は不可能で、浮気も辞めた。浮気どころか、新しい番を作る事さえ。
どうせ、匠しか満たせないなら、匠を自分の物にしてしまえばいいと。
だから、オメガにする薬を開発して、被験者として選んだ。本当は、個人で研究して暇な時間を使って作り上げたものだから、製薬会社とか関係ない。
けれど、匠にバレたら凄い質問攻めに遭いそうだから、言わない。まぁ、そもそも薬の被験者に個人的に選ぶことなんてしないけど。
たぶん、匠は知らないのだろう。だからこそ、簡単に騙せた。……もしかして、もしかしたら信頼してくれていたのかもしれないけど。
匠は時々、誤解しているんじゃないかって思う。誠実が真の変わりに、運命が無いから匠を選んだと。
でも、真と匠は違うし、そうじゃない、って言うのは簡単だけど、信じさせるのはたぶん無理なんだろうって思うから、否定もしない。
否定もしないけれど、肯定もしてないし、そもそも誠実が実際に真の代わりだと言った覚えはない。
それを言った所で、信じないだろうけど。
だから、絶対に匠を手放したりしない。手放すなんてできない。
もう二度と。
だって、もう匠の居ない自分が想像できないのだから。
匠が居なければ、誠実は完全に壊れてしまうのだから。
「・・・おやすみ、匠」
寝室のベッドに、匠を寝かせると、誠実はそのすぐ横に転がった。
抱きしめて、匠の暖かさに頬が自然と緩む。
その首筋に顔を埋めれば、ほんのりと甘い、それでいてスッキリとした香りがする。
匠のフェロモンの匂い。例えるならば……そう、オレンジの果実の様。
匠らしい、フェロモンの匂いは誠実に興奮と安らぎをくれる。
それは相反しているようで、誠実の中で酷く調和していた。だからこそ、匠には悪いけれども早く、早くと望んでしまう。
匠が完全なオメガとして成熟し、子供が出来れば、きっと誠実から離れることは無くなるのだから。
ふふふっ、と漏れる笑いを押し殺しながら、匠を強く、それでも起こさないように抱きしめ直す。
そこに匠が居るのだと、居てくれるのだと安心して誠実は眠りについた。
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