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第5話 君を捉えたくて、囚われて欲しくて
目が覚めてみれば、誠実の腕の中で眠っていた。匠の体は、誠実にがっちりと掴まれていて動くこともままならない。
少し身じろぐだけで、誠実の部屋だと分かるぐらいに、フェロモンの匂いが濃く香る。
基本、お互いの部屋には入らないから、これほどの物とは思ってなかった。番のフェロモンとは恐ろしいものだ。
それでもどうにか腕の中から、なるべく誠実を起こさないようにと体を動かせば、よりキツく抱きしめられて脱出はますます困難になった。いっそ、匠が苦しくなるほどに。
仕方なく、誠実の胸板を痛くない程度に叩けば、眠そうに閉じた瞼がうっすらと開いた。
「ん・・・ぅぅ、すすむ、ちゃん?」
「・・・っ、あ、あぁ、はよ。起きるから、離してくれ」
起きぬけの声にどきりとしながら、返事をする。
低く甘く囁くような好きな人の声に、ドキドキしない奴がいるなら見てみたい。
誠実は、俺の首元に一度顔を埋めてから、腕の力を緩めて匠を開放した。ワザとなのか、項の噛み痕付近に触れるから、少し戸惑う。
そこは、オメガの性感帯だ。しかも、番限定の。ワザとだとすれば、酷い悪戯だ。
じゃ無ければ、誘っているのか。まぁ、どちらにしろ相手にしている暇はないが。
んー、と少し唸って体を仰向けにした誠実は、俺も起きる、と体を起こす。
「おはよ、匠ちゃん」
くあっ、とあくびをしながら、誠実が言う。ぐっと伸びる誠実の体は、上半身がはだけていて、とてもセクシーだ。
均衡のとれた体に、六つに割れている腹筋。無駄のない締まった体。興奮するな、という方が無理だと言うぐらいに。
そもそも、まぁこの双子は幼い頃からモテていたし、顔の造形も悪くない。それこそ、誠実の兄である雄大がモデルや芸能界で活動するほど。
体についても、それほどの運動はしていないと言う。あるとすれば、休日……今日のような日に少し運動するぐらいだろうか?
軽く、ジョギングをしたり、ジムに行って汗かいてきたり。たまに匠も、一緒に走ったりジムに行ったりするが、誠実のように筋肉は付かない。
アルファが羨ましい、と感じるが、うん?と首を傾げる誠実にハッとして視線を逸らした。
誠実へあぁ、と返事を返すとベッドから抜け出して部屋に戻ってから、着替える。
昨日、あのまま寝てしまって格好がすこし窮屈だ。スーツを着て寝たわけでもないが、余所行きの格好と言えばいいのか。
少し堅苦しい。匠の普段着の格好は、もっとラフな感じだ。
昨日風呂に入り損ねた事を思い出し、ついでにシャワーでも浴びようかと、手に着替えを持って風呂へ向かう。
「うん?あぁ、お風呂……お湯抜いてないから温め直して入ったら?」
「あぁ……でも、朝食遅くなるけど?」
「んじゃあ、どうせ俺も休みだし外で食べようよ、ね?」
ね?と首を傾げる誠実に匠は、まぁ、買い出しもあるし、と了承する。
誠実が一緒で有れば、きっと車で出かけると思うし。車ならば、少し多めに買い物ができるし便利だが、如何せん免許を匠は持っていない。
大学を卒業してすぐに就職したし、そもそも必要性を感じなかったから。単車の免許は持っているが、単車自体を持ってない。
それに、誠実が一人で匠が出歩くことを許してはくれないし、買い物くらいならまだしも、単車でツーリング、何て冗談でも許されないから。
持っていても意味がない。
匠も、自動車の免許を取ろうか考えた事が有ったけれど、必要ない、とバッサリ誠実に切られた。
その時の誠実は、今考えても狂気に怒気を孕んだような顔をしていて、今出さえ思い出したら怖い。
ゆっくり入っておいでよ、という誠実に背を向けて、脱衣所の扉を閉めた。
風呂場の電気を付け、外のパネルから追い炊きを選んでお風呂のお湯を温めながら、着替えを置き、脱いだものは洗濯機の中へと放り込んでいく。
すべて脱ぎ終わった所で、洗面台の鏡が目に入る。
匠の、少し貧相になってきた体が。それを見て自嘲する。
ペタペタと胸元や腰骨の辺りを触ってみるが、やはり前と比べて少し薄くなっていた。
もちろん、食べている物は基本的に誠実と同じだし運動だってしている。
だが、こうして変化があると言うのは、自分がオメガになった影響なのだろうな、と。
風呂場へと足を踏み入れ、ざっと体を洗い湯船へと入る。
完全に温め切ってないためか、少しひんやりするところも感じるがお湯の噴き出ている部分に体を寄せて居ればあまり気にはならなかった。
湯船で膝を抱えながら天井をボンヤリ見つめる。
「何で、俺なんだろうな……」
その答えを、匠は一緒に暮らすようになってから再び疑問に思ったとして、一度として聞いたことは無い。
答えを聞くのが怖くもあったが、何よりもそう言う話をしようとすれば、誠実が悲しそうな顔をするから、聞けないのだ。
それでも、誠実が匠の事を必要としてるのは感じているし、どこか……見えない鎖で縛り付けようとしているのも感じる。
そんな事をしなくても、逃げはしないのに、と思うけれど言わない。
誠実がそうすることで不安が無くなり、満足できるならそれでよかった。
自己犠牲、そう言われても仕方がないと思うけれど、自分の事なんて、その辺にある綿埃のようにどうだってよくて、何処にでも飛んで行ってしまうほど軽かった。
匠にとっての天秤が、既に自分と誠実を乗せ測った時に、誠実へと傾きっぱなしなのだから。
惚れた弱み、なのだろうな、と匠は苦笑した。
こつん、と膝に当たる感覚でふと天井から足元へと視線を映せば、そこには誠実が仕舞い忘れたのだろう黄色いアヒルが。
その額をつつけば、少し離れて行ったけれど、水流が有るのか再び寄り添うように側に来る。
少し離れては、近づいて寄り添って、また離れて……あの頃の誠実の様。
番の居る時は離れて、居なくなったら助けを求めるみたいにすり寄って来て。
ふふっ、と何だかおかしくなって笑ってしまう。
白い桶にお湯と一緒に掬ってアヒルを非難させてやる。
その桶が自分で、誠実をそうして囲み何処にも行けないようにしてしまいたいのに、とつぅーっとその淵をなぞった。
出来もしない、願望だけれども。
「……馬鹿だなぁ」
と笑う匠。
そろそろ、と風呂から立ち上がりお湯を抜くと、体をもう一度ザッと荒う。
アヒルたちもザッとシャワーで流すと、風呂椅子の上へ逆さまにした桶を置き、その上にアヒルを置いた。
アヒルは、これで自由だ。どこにでも行ってしまう。実際、何処に行くのかは知らないけれど、何時か、誠実が自分に興味を無くしたとき、こんな風に開放してやれればいい、と苦笑しながら風呂場を出る。
自分を踏み台にして、幸せを掴めばいいのだと切に願っている。
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