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第6話 やっぱり好きと言う事

 脱衣所で着替えていると、少しだるさを感じる。  発情期が近いからか、と苦笑するが、誠実と出かけられる機会は、本当に誠実が機嫌のいい時ぐらいしかない。  だから、今回もあまり逃したくはないのだ。  手早く着替え、出かける準備をする、と言って匠は自室に戻ると抑制剤を一錠水で流し込む。  それを飲めば、副作用で少し怠いものの、全く動けなくなると言うことは無くなるから。  抑制剤と避妊薬、あとは注射型の少し特殊な緊急用の抑制剤を鞄に入れ、部屋を出る。オメガになってから抑制剤は必需品として、いつも持ち歩いている。  そもそも、そう言った知識の無かった匠に誠実が色々と用意をし、囲い込んだのだ。  匠が部屋から出るのが分かったのか、背を向けて新聞を読んでいたはずの誠実がゆっくりと匠へと目を向け、起ち上がった。 「ん?準備できたの?」 「あぁ。どこに行く?」 「そうだね。うーん……あっ、そう言えば少し遠くなっちゃうけど新しくできたカフェあるじゃん?そこに行こーか」  それは、最近できたカフェで有り、大型の少し郊外にあるショッピングモールへと買い物へ行った帰りにたまたま見つけた場所だ。  そこなら、買い物も近くで出来るし、いいんじゃないか?と頷く。  よし決まり、と車のカギをチャラ付かせながらニコニコ笑う誠実。  手を握られ、早く行こう、と引っ張られた。  玄関はオートロックになっていて、鍵さえ持って出れば後は勝手に閉まる。  地下駐車場に降りて行けば、待ち受けているのは何を考えて買ったのか匠にはさっぱりと理解できない、大型SUV車。  車にさっぱりと興味が無い匠は、機能性重視で良いじゃないか、と思っているが。  だが、この車に乗って運転している誠実を見るのは好きだ。  真剣なまなざしが、その仕草がカッコよくて。それに、少し出かけなければならないとき、この車で迎えに来てくれる誠実はカッコいいと素直に思う。  助手席に座り、シートベルトを締めると、じゃあ行くよー、という誠実の言葉と共に出発する。  はいはい、と返事をしつつ、シートに体を預けて外を眺める。このマンションに住み始めた時から変わり映えのしない風景。  ボンヤリと眺めつつ、時折運転席の誠実を見た。  運転している誠実に、匠は話しかけるような真似はしない。そりゃ、誠実に話しかけられたときには答えを返すけれども、基本、邪魔になる事はしない事にしている。  けど、本当に運転している時の普段とは違い、真剣なまなざしはカッコいいと素直に思う。  だから、少し不便であったとしても、免許は持ってなくても良いかなと匠は思うんだ。  暫く車を走らせて、漸く目的のカフェへと着いた。そこは、表通りに面しているものの、結構建物自体が簡素と言うか。  白い家のとても静かそうなカフェ。  中に入ると、中々新しくできたからか、混んでいた。  が、運よく座れるとのことで、二人で窓際の日当たりのいい席へと案内された。 「中々、いい場所だな」 「うん。そうだねぇ」  日差しに目を細めながら誠実がさっさと決めてしまおう、とメニューを開く。  メニューは簡単な軽食がメインらしい。匠は、少し考えたあと、ホットサンドとコーヒーのセットメニューを。  誠実は、ナポリタンを頼んでいた。  食事の前に運ばれてきたコーヒーは、とても美味しく、思わず、うまいな、と二人で口に出してしまうほど。  運ばれてきた料理は、どこか懐かしい感じのする味付けで、とても気に入ってしまった。  特に、ホットサンドの絶妙な外側のカリっと感とチーズの濃厚さ加減がたまらなくマッチしてて美味しかったし、誠実に貰ったナポリタンは本当に麺はもちもちとしてて、トマトの酸味も効いている懐かしの味って感じ。  たまに……そう、ゆったりとしたい時になど来たいなぁ、と思うぐらいにまた来たい。  食事を食べ終わり、コーヒーを互いに一杯だけお替りすると、店を出る。食べれれば何でもいいなぁ、という感じの誠実ですらまた来たいね、と言っていたから今回の店は当たり。  車に戻り、いつもの大型量販店へと向かった。一人では中々来れないために、色々と買ってしまうのだが、そこは匠も誠実も男である。  ちょっと無茶したかな?という量は平気で持って帰れてしまう。  大型量販店はやっぱり、安いのもあって人気だ。  車を、空いている場所へと駐車して、店の中へ。がやがやとした店内は、あまり好きではない。  二人、カートを押しつつ 中へと進んでいく。  何か食べたいものは有るか?と聞けば、特にはと返って来るのであまり気にせずに必要なモノだけを篭の中へどんどんと入れる。  餃子やハンバーグなんかも良いな、と沢山入ったひき肉のパックを買ったり、玉ねぎが大量に入ってる一キロのネットを買ったり。  そろそろ良いかな?と言うぐらいまで回って、会計へ。  ココの会計は、匠が払い、誠実が袋ではなく箱に詰める。もちろん、箱が無かったときは袋だけど。  大体二箱分と少しの買い物を終え、車に戻る。  少し買い物して帰ろー、という誠実と共に車でまた少し離れた場所にあるショッピングモールへと。  勿論、生ものを買ったし長居は出来ないが、服やアクセサリー、それから季節ものの靴などを見たいという事で誠実のお気に入りの店に向かう。  ちらっちらっと視界の端に誠実によく似た顔が映る。  このショッピングモールにも入っているブランドのモデルをした、雄大の姿だ。  本当によく似ている。だからこそ、誠実はこういうショッピングモールではサングラスなどの変装道具、と呼ばれるものを外したりしない。  まぁ、双子だから似ているのは仕方がないが、それでも雄大と誠実はよく見れば若干違いがあるし、そもそも実際に会えば、雰囲気も違うからまるわかりだ。  それは匠が幼馴染だからこそ感じるものかもしれないが。  そう言えば、今雄大はどうしているだろうと思いつつ誠実の後に続く。  入り口から遠い店から入るために、一番初めにアクセサリーショップへと向かう。 「あっ、コレ匠ちゃんに似合いそう」  付けて見て?と誠実に差し出されたネックレス。  匠は、あからさまに嫌そうな顔をして誠実を睨む。 「ネックレスは嫌だって前にも言ったろ。他のなら付けるけど」 「ん?あぁ、ごめんね?」  匠の首筋へと誠実の手が伸びる。  匠はビクッ、と体を跳ねさせて一歩後ろへと下がった。  にやり、と誠実が笑う。そう、誠実の伸ばした手の先には、誠実が噛んだ匠の項。  噛み痕がくっきりと残ってる。それは、誠実と番を解消するまで生涯消えることのない、傷痕。  人によれば呪いともいう。番の居るオメガと言う証。  ……オメガは、番が居なければ項を隠し、貞操帯を巻き、自衛をするが、番の居るオメガは項を晒し自らの噛み痕を見せる。  それが、曳いては自衛に繋がるからだ。自分は、アルファの所有物だと。  自分に何かあれば、そのアルファが黙ってはいないのだと言う。  ベータであった匠も例外なく、誠実の助言に従いそこは見せている。  勿論、髪の毛が項に当たるのも煩わしいと思うのもあるが、それは項がオメガの性感帯の一つだからに過ぎない。 「あ……」 「ん?どうしたの?」 「コレ、付けて見ないか?」  匠が誠実に差し出したのは、トランプのような柄の入ったブレスレット。  ふーん?と誠実は興味の無いような声を出しながら、それを受け取ると、どお?似合う?と付けて見せて来る。  男の手首で、少し筋張って、でも綺麗な形をしている誠実の手に良く似合っていた。  匠が頷きを返せば、そっか、と意外や意外、素直に嬉しそうに笑ったのだ。  もう、予想外のそれに匠は、あーっ!と声を出して外だという事も忘れて座り込みたくなったけど、やめた。  流石に羞恥心が勝り、寸での所で声すら押し殺す。  これが惚れた弱み、って奴かと思いながら次々、と行く誠実へと見失わないように付いて行く。 「匠ちゃん、指輪はどれがいい?」 「……あっ、指輪」  すっかり忘れていた。随分前の話になる。  その内、お揃いの指輪買いに行こうね、と誠実に言われ、時間が有るときに、となぁなぁに返事をしていた。  その事か、と誠実をみてから指輪の並べられているショーケースを見る。  どれも同じように見えるのは、匠の気のせいではないハズ。  覗き込んでから、困ったように匠が誠実を見上げれば誠実は、あははーっ、と明るく笑う。 「匠ちゃんって、本当にベータの男って感じだよねぇ」 「は?何言ってんだ急に」 「いんやぁ?別に?それより、これなんかどう?」  と示されたのは、シルバーリングにリーフレットの模様が掘られているモノ。  他のごてごてと宝石が付いている物よりはマシだと言うのと、それが誠実の指に填っている姿を想像して、有りだな、と頷く。 「うん、それが良いな」 「そっか、じゃあこれにしよーね」  誠実が店員を呼び、その指輪を注文する。  内側へ、メッセージを掘ってもらうために、少し時間がかかるらしく後日取りに来ることに成った。  また、誠実と出かけることが出来る、と少しうれしくなる。  会計を終え、匠の腕を引く誠実の手首には先ほどのブレスレットが。  誠実も気に入ってくれたのだとうれしくなり、ふふっ、という笑いが堪え切れずに零れる。  どうしたの?と不思議そうな顔をして誠実が匠を覗き込んでくるが、何でもない、と返せば益々訳の分からないという顔をされた。  いや、不思議ちゃんも訳の分からないのも、全部匠より誠実の方だから、と突っ込みたいが、まぁ言えば何をされるかわからん。  だから言わないよね。 「……誠実と匠?」  ふと、次に行く服のブランドショップを目指していれば声をかけられる。  それは、隣にいる誠実によく似た声で、途端、誠実の雰囲気が冷たく変化していた。  匂いも攻撃的になり、思わず匠の肩が跳ねる。  声のした方へと向けば、案の定そこには雄大とその番が。  番は、前に聞いて事があったけど、とても臆病……ではないが、おどおどとした感じの少し雄大よりも身長が高いのに可愛い感じの人。  これが、生粋のオメガか、と思いつつ、頭を下げた。

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