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第8話 発情期
車へと乗り込み、はぁ、とため息を吐いた匠。
シートへと体を預ければ、ぐったりと重い事に気が付く。
そう言えば、抑制剤飲まなくちゃならない時間か?と首を傾げながら時計を見る。
いや、まだ飲めるような時間じゃない。
「匠ちゃん?」
訝し気に匠を見る誠実に、首を横に振る匠。
きっと、匠が明日から発情期という事は気が付いているのだろう。
リビングのカレンダーにでかでかと書いてあるし、何よりも匠は経過観察中として発情期は常に誠実に管理されている。
知らないはずがない。が、このオメガの体になってから発情期のサイクルが三か月ごとの一週間、から外れたことはないから安心していた。
ひどく熱くなってくる体に、もやもやとした雲がかかるような思考。
ぼやけたまま、匠が誠実を見つめ返せば、息をのみ、匠に伸ばしかけていた手を引っ込め、更には舌打ちまでしだす誠実。
「まさ、み……?」
「ごめん、匠ちゃん。ちょっと、黙っててもらって、いいかな?」
もう一度舌打ちをして、乱暴にエンジンをかけると、駐車場を飛び出す。
道路状況はさすが休日とでも言いたげな混雑具合で、更に誠実がいらいらとしだした。
けれど、黙ってろと言われた匠が何かを言えるわけがない。
この体が熱くてたまらなくなるほど、誠実に手を伸ばしたくなるけれども、それを必死に押しとどめて我慢する。誠実が、黙っててと言ったから。誠実の邪魔をするのは、匠の本意ではないから。
匠は、発情期になると抑制剤を飲み、ある程度我慢していたため、今の状況が全く理解できない。
ずくずくと疼くお腹を抱え、どうしてこうなっているのか、と考えながら耐え忍ぶ。
車が道路の凹凸により振動すると、そのせいで余計に体が疼くようだ。
緊急抑制剤を使おうかとも思ったが、誠実に本当にそれは緊急な時、誠実が居なく、外で発情期に見舞われた時に使えと言われていた。
だから、今使うわけにはいかない。それに、誠実も使えとは言わないし、緊急の分だけ副作用が強くなるらしく、あまり使ってほしくもなさそうだから。
信号で止まる度、泣きそうな顔でこっちを見てくる誠実。誠実もなぜか、こぶしを握り辛そうにしている。時折、匠へと手を伸ばしそうになるのを、途中で引っ込めている。その顔は、何とも歯がゆそうで……。
フェロモンが漏れているのだろうか?
不安げに誠実を見るが、もう少し待ってと言ったきりまた、運転へと集中してしまう。運転に集中している間は、匠のフェロモンに意識を奪われたりはしないようだ。
匠にしては長い時間、ようやく車は目的の場所につく。
着いたよ、という誠実の声を受けるが、もう匠の意識は朦朧としており、ぼんやりと誠実を見上げるだけだ。
ちっと舌打ちをした誠実は、そのまま匠の体を抱き上げる。俵抱えだ。
その刺激に、匠がくぐもった様に鳴くが、それを気にしている余裕はない。じんわりと、誠実の肩付近に触れている布が湿り気を帯びてくる。
発情期に、間違いはなかった。
ただ、誠実たちがたどり着いたそこは、誠実たちが暮らしているマンションのエントランスで、朦朧としていても、体がどんなに敏感でも匠は必死に声を抑えようと誠実に抱き着き、誠実の服を噛んだ。
それについて、誠実は何も言わない。いや、匠のフェロモンにやられてしまい、何も言えないのかもしれない。
車のキーと何やら、コンシェルジュに頼むとそのまま、誠実はエレベーターに乗り込み、自宅を目指す。
移動する間、本当に匠たちの間に会話はない。
ただ、荒い息がこだまするだけ。
部屋につけば、匠は誠実のベッドの上へと放り出される。
「ごめんね、匠ちゃん」
そうして覆いかぶさってきた誠実に、何も言えることはなく、謝らなくていい、とも、こっちこそごめん、とも言いたいのに、何も言えなくなってしまった。
でもこれが初めて、匠がオメガになってから誠実と過ごす発情期の一週間だった。
本当の発情期、とでも言えばいいのだろうか?
全身の、血の一滴までが誠実を求めているようで、その求めている誠実がそこにはいて、何故だかとても幸福な気持ちになれた。
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