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第9話 抱かれる度に落ちていく
それから、匠がはっきりと意識を取り戻したのは、あの日より一週間後の事。
裸でシーツに包まり、誠実のベッドで眠っていた。体中に、酷いところは紫に変色した痕を持ちながらぐったりと。
発情期の間、意識は途切れ途切れにあるが、そこまで意識が飛び、誠実を求めたのは初めての事。
飯と風呂、生理的な関係以外はすべて誠実と触れ合っていた気がする。
最中の事は覚えてない。
ぼんやりと覚えてるところもあるが、はっきりじゃないし、何より自分が正常の思考回路をしていなかったことを匠は覚えている。
その中で何があったかなんて知りたくはない。
遮光カーテンの隙間から漏れる光に、うぅ、と気怠い右手を翳せばガチャリ、と寝室の扉が開く。
「匠ちゃん、起きたの?大丈夫?」
「誠実……か」
匠の出した声はひどく掠れていた。が、誠実は何を言ったかも分かったようでにっこりと笑う。
ゴホゴホと少しせき込みながら、近くのテーブルにあった水へと寝ながら手を伸ばす。幸い、手の届く範囲で助かった。
水を少しずつ零しながらも煽れば、喉の痛みや乾きが少しマシになる。
「いつもの匠ちゃんだね。よかった」
朝食を持ってきたのだろうお盆を持ちながら誠実が匠のそばへとくる。
起きれる?と聞かれて匠が体に力を入れようと思ったけれども、失敗してベッドへと沈んだ。
そのことに苦笑すると、一度サイドテーブルへとお盆を置き、匠の体を起こし、背中にクッション代わりに枕を敷き詰めると、再び匠の前にお盆を出した。
乗っていたのは、マグカップに入ったコーンスープと卵サンドイッチ。
その形は歪で、売られている綺麗な形ではない。つまりは……
「作った、のか?」
「もちろん。だって、匠ちゃん俺が部屋を出たら酷く暴れまわるんだもの」
困った様に肩を竦める誠実。
どうやら、それは本当らしく、少し家具が傷んでるところがぱっとみでも、見受けられた。
食材はといえば、あの日に買った物をコンシェルジュに運んでもらったらしい。足りない食材についても、配送をお願いしたとのこと。
少し高くついたかも、と匠は舌打ちをした。まぁ、匠があんな状態だったから仕方ないだろう。
「何というか……その、わるい……」
「ぜーんぜん問題ないよ。それに、今回はまだまだ軽いほうだよ?体が、もう少し出来上がればもっと発情期は酷く重くなると思う。俺の方こそ、ごめんね?」
少ししょんぼりとしたような誠実に、匠は首を横に振る。誠実としては、そこまで匠に辛い思いをさせようとは思っていなかったのだろう。
とりあえず、食べてみてよ、と差し出された卵サンド。
誠実の手から食べる、という状況に恥ずかしいやら何やらで躊躇いがちに嚙り付けば、その崩れかけの見た目に反して美味しかった。
美味しい、と匠がポツリと漏らせば、嬉しそうに誠実が破顔する。
「良かった~。匠ちゃん、発情期の時食べれれば何でもいいって感じで、俺が失敗したやつまで食べちゃうから味覚おかしくなったんじゃないかって心配だったんだ」
「てめぇは俺に何を食べさせたんだこらっ!!」
さすがに聞き捨てならず、匠が誠実の胸倉をつかめば、あはははは~っ、と笑われる。
そう言えば、食事をした記憶がほとんどない、と思い匠は誠実をにらむ。
そんな怒らないでよ、と誠実は言うが、これが怒らいでか。
「ただ、砂糖と塩を間違えたとか、タバスコの量間違えて激辛になっちゃったとかそんな感じだし」
「……それでよくお前は無事だな?」
「あっ、俺?俺はねぇ、ほら保存食に買ってあったアレがあるでしょ?」
アレ、と言われて匠に思い当たるのは、カップ麺しかない。
何だかんだ、誠実の味覚は正常に動いていたからいいのか?いや、いいわけあるか!と匠は謎の怒りがこみ上げた。
まぁ、あまり料理をしない誠実が匠のために作ってくれた、と思えば発情期の最中でも残すことは出来なかったんだろう。
誠実への好きや愛が盛大に変な方向へ転がった結果だろうか?と匠は頭を悩ませる。
「って、お前、仕事は!?」
はっ、としたように顔を上げ、誠実を見る匠。
そんな匠に大丈夫だよー、と誠実は笑った。
「番が発情期で、って言ったら休暇くれるし。平気平気」
ほら、と携帯の履歴を見せてくれる。
匠がそれを覗き込めば、同僚だろうか?上司だろうか?よく分からないが、そんな人との会話が載っていた。
そこには、発情期休暇がちゃんと受理されたことと、発情期休暇を初めて申請したという驚いた声が書かれている。
初めて使った?と匠が首をかしげて誠実を見れば、にっこりと笑われた。
「発情期休暇って、そもそもまぁ番のいるアルファに割り当てられる休暇でね。三か月に一度一週間、つまりは年に一か月ほどの休暇が与えられてるってわけ。言わなかったっけ?」
「聞いてないぞ。そもそも、お前今まで俺が発情期でも平気で仕事行ってたろうが」
「あったり前でショー。だって、匠ちゃんの体出来上がってないから、ちゃんとした発情期がまだ先になることも、その状態で俺だけが興奮して抱きつぶしたらひどい状況になることもわかりきってたし」
だからだよー、とへらへら誠実が笑う。
その横顔を、匠は何故か思いっきり殴りたくなったのは気のせいではない。
そこで、ん?と匠は首を傾げる。
「今まではって事は、今の俺は?」
「大体、そうだねぇ。中二ぐらいまでの変化を終えてるよ」
仕方ない、というように肩を竦めて、誠実が近くにあったパソコンを操作して見せられたのはレントゲンのような写真。
それが誰のかなんて、説明されなくてもわかる。
「これ、この間撮った匠ちゃんの写真ね。そんで、ここが子宮……正常に発達してるよ」
「……今回の、あれは何だったんだ?」
匠が、その写真で示された子宮のあたりをさすり、ぐっと下唇を噛んだ。
ずくずくと疼くような、そんな感覚があり、ひどく戸惑ったことを覚えてる。
誠実はそのことに、少し戸惑ったように笑った。
「それは多分、俺のせい」
誠実はほほを掻きながら答える。
「お前の?」
「匠ちゃん、この部屋で寝てたでしょ?しかも俺と一緒に」
「ん?あぁ、そうだったな」
誠実の会社で検査をした帰り、夕飯を食べて帰ってきたら、寝てしまっていた匠。
それを、誠実がベッドへと運び、ともに寝ていたのだ。
その次の日、発情期が来た。一日だけ前倒して。
「その所為で、普段より過剰に摂取したフェロモンで余計に興奮しちゃったみたい。ごめんね?」
発情期の近くでなかったら、もっと別の変化があったかもしれないけど、と誠実は言う。
どちらにしろ、この一週間のように酷かったのではないか、と匠は肩を落とした。
それでも、恨むこともまして声を上げて怒ることもできない。
それどころか、体中に散る誠実の証……キスマークや噛み跡すら愛おしいと感じてしまう程に
匠は、どこまでも誠実に落ちていく、と抱かれるたびに思うのだ。
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