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第10話 全部、知ってる
匠の体が落ち着き、力の入るようになって誠実のベッドから出てリビングへと這い出る。
ゆっくり話がしたいと思った土曜日だったが、リビングの惨状を見た匠には、そうしている時間が無いように感じた。
「……いったい、どういう状況だよ」
カップ麺のゴミやら、ペットボトル、果ては汚れたままのキッチンに唖然としてしまった。
誠実はそもそも、片づけられないタイプでもないだろうに、と匠が誠実をじろりと見れば、誠実はあっはは~、と笑うばかり。
発情期の弊害か、と思いつつ、納屋からゴミ袋を引っ張り出してきた匠は無言でゴミの分別へと入り、ちゃかちゃか片づけていく。
もちろん、誠実も同じように従う。無言の圧力とか言うやつで、匠に現在逆らえる状況ではありません。
リビングのゴミが片付き、キッチンを掃除しだす。
その間に、誠実は出たゴミを、ごみ収集の日ごとに分けてまとめて玄関の隅へと追いやる。
一週間のゴミとはそんなに有っただろうか?と言うぐらい、ゴミが出た。
いや、いつも出来ないことだから、と念入りに掃除しだした匠によって一週間分以上のゴミが出たのかもしれないが。
きっちりとゴミを分別し、戻ってきたころにはキッチンの汚れはだいぶ匠によって綺麗にされていた。
「お疲れ、ちょっと待ってろ。今コーヒー淹れるから」
振り返らないまま、匠は誠実へという。その手には、布巾と皿が握られており、片づけも大詰めというところか。
誠実は、苦笑すると、背後からその二つを奪う。
「俺がするよ。匠ちゃんのコーヒー早く飲みたいしね」
「……っ、お前な」
まったく、といった顔でようやく振り返り、誠実を見る匠。
じゃあ、お言葉に甘えて、と誠実はケトルに水を入れて沸かし始めた。
その間にコーヒーカップとコーヒー豆を用意する。ミルでゴリゴリと豆を粉砕していくそれは、誠実のお気に入りだ
もちろん、粉も置いてあるし、インスタントだって置いてあるが、匠のこだわりと誠実の好みの問題。本当は乾燥した生のコーヒー豆から購入し、焙煎できれば通なのだろうけれど、そこまでの労力はなかった。
粉砕も終わり、フィルターの中へ豆を移したところで、ちょうどカチッという音とともにお湯が沸いたことを知らせる。
丁寧に蒸らし、そして本命を注いでいく。
決して焦らずゆっくりと。コーヒーが落ちるたびに、いい匂いが漂ってくる。
誠実の方も食器の片づけが終わり、久しぶりの匠の淹れるコーヒーに少し心を躍らせているようだ。
誠実が綺麗になったリビングのソファーへと座ると同時に、ほら、と砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーが手渡される。
匠はさすがに、このコーヒーの匂いは好きなのだが、味の癖が少し強く、ミルクを入れてカフェオレにしていた。
そんなカップを持ち、誠実の隣へと腰を下ろすことで、匠は、はぁーっ、と息を吐く。
「お疲れ、匠ちゃん」
「ハイハイ、疲れたよ。何だあれ」
「あー……発情期の時は、やっぱりワンルームの部屋が便利だって気が付いた。それか、非常食を多めに用意するか、もしくは専用のホテルに行くべきだと今回学んだよ」
不本意だけど、と誠実は言う。
ぐったりとした様子で誠実は、コーヒーをすする。
いつもの味にほっとしたような顔になった誠実に、匠も苦笑いだ。
「俺、そんなひどかったのか?」
「どうなんだろう?あんまり、発情期のオメガと一緒にいたことないからわかんないや」
「……あんだけ番が居たのに?」
冗談だろ?といった意味を込めた視線は、にんまりと笑う誠実によって否定される。
番は、片手じゃ足りないくらい、大学の時もそれこそ高校の時にすらいて、それでいて発情期全てを過ごしたことがない、なんてあり得るのかと。
「俺が発情期の間ずっと過ごしたのは匠ちゃんだけだもーん」
「もん、とか言ってんじゃねぇよ。最低だな、お前」
はぁ、とため息を吐く匠。最低なのは今知ったことじゃない。随分と前から知っている。
誠実がごめんね?と少し悲しそうにするから、もうするなよ、とその頭をガシガシと撫でた。
すると、やっぱり嬉しそうな顔になるから、どうにも誠実に甘いのだと実感する。
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