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第11話 俺でよかった

「そう言えば、雄大のことはどうなったんだ?」  うん?と首を傾げる匠に、あっ、という顔をした誠実。その顔は、確実に忘れていたのだろう。  マグカップを机の上に置くと、ちょっと待ってて、と誠実があの日の鞄を持ってくる。その中はあの日のまま。スマートフォンもそのままそこに入っていた。  充電コードを伸ばし、落ちていた電源を一週間ぶりに入れれば、匠のスマートフォンには着信履歴が数件残っていた。  メールできるアプリの通知すらも結構な数がついていて、初めてアプリの通知が九十九件しか表示されないことに気が付くぐらいに。  うわぁ、と思いつつ匠は一人一人に返信していかなければならないか、と思ったが、とりあえずタイムログに携帯復帰だけ書いておけば誰かしらから連絡が来るだろうと考えることも放置した。  さすがに、数十人から来たメールの返事を返す気にはなれない。  その数十件の中には、請負先で親しくなった得意先の連絡先もあり、さすがにそこだけはきちんと事情を説明して送った。  発情期のことを伝えれば、あぁ、仕方ないね、と苦笑しているスタンプと一緒に送られてくる。  それを見て、もう一度すみませんと送り、スマートフォンを机の上に置く。 「終わったの?」  匠が確認し終えるまで待っていたようで、叱られた犬のように垂れている耳が見える誠実。  終わった、と返せばほっと息を吐いたよう。 「雄大は、まぁまた後で考えるとして、問題は雄大に話した後だ」 「あと?なんかあったっけ?」  今の誠実の世界は、匠が大半を占め、家族が一割から二割、そしてその他だ。  ここで思いつかないのも仕方がないのかもしれないが、流してもいい問題でもないので匠はため息を吐きながらも続ける。 「俺の両親についてだ。お前も知ってるだろ?」 「……あぁ、あの人たちかぁ」  仄暗く誠実の瞳が濁る。  ベータ、古典的な匠の両親を。  オメガに対しては排他的であり、アルファは崇拝の象徴。  誠実の番になったことで、得られる反応として考えられるのは二つ。  喜んで受け入れられるか、現実を否定されるかのどちらかだ。  どちらにしろ、匠の親には一度会いに行かないといけないだろう。  誠実の親は放任主義であり、誠実に関してはもう手放しているようなものだ。  そもそも、アルファとオメガの番の家計。  父親は番のオメガしか基本的な興味はないし、母親に至っては誠実についてあきらめている節もある。  第一に、誠実が実の両親にも雄大にも会いたがらないことを挙げられるだろうか?  匠ちゃんは安心できないかも、だけど、と誠実がにっこりと笑う。雰囲気は黒いまま。 「安心してね。絶対に、離さないから」  低くなっていく声音に、匠は息をのむ。  その声が耐え切れなくて、その頭を強くがっちりとアイアンクロウするように握った。  だんだん力を込めていけば流石にその腕をつかまれる。 「……匠ちゃんってさ、時々びっくりするほどバイオレンスだよねぇ」  痛い、と誠実に言われハッとして匠はその頭を離す。  あーいて、と頭を両手でさする誠実に悪い、と今度は頭をなでる匠。 「悪い、思わず手が出てた」 「癖?癖だったら嫌だなぁ。痛いし、もし子供出来て遺伝したらどうしよう?」 「さすがに、子供の前ではやらねぇよ」  たっく、といつもの調子に戻った誠実にそう返せば、今度は誠実が息をのみ、驚いた顔で匠を見る。 「雄と話してた時も言ってたけど、匠ちゃんどういうこと?なんで驚いたりしないの?」 「何でって……逆に何で驚かなきゃなんないんだ」  匠にとって、オメガになったという時からずっとそういう時が来ると考えてきたことでもある。  いつまで、と明確な期限があるわけじゃないけど、誠実が匠を要らなくなるまでずっと傍にいるならば、それがいつになるのかわからないのなら、アルファとオメガだ、子供ができる行為をして当たり前なのだろうと。  性行為のその先に、子供が出来る事だって考えられる。  それを、当たり前のように匠は考えてきた。もちろん、自分の中に子供が出来るだなんてイマイチ実感できないが、それでも発情期が来る、フェロモンが感じられて、フェロモンを出しているとするならば、それは当たり前になっていくのだと。  逆に、匠にはどうして誠実が驚いているのか理解ができない。  自分で、自分のオメガにしたのに。 「俺は、お前にオメガにされた時からずっと考えてきたよ?このまま、お前が俺と生きてくれるなら、子供がいつか欲しいなって、欲しくなるだろうなって」 「でも、匠ちゃんは……元々ベータだったのに、怒ってないの?」 「何に怒れっていうんだよ?お前にオメガにされたこと?だったら、お前に対して怒って何かが変わるとは思えないな。それに……俺も納得していることだって、前にも言っただろ?俺は、お前が選んだ奴が俺でよかったと思っているよ」  泣きそうなくらいに優しく匠が誠実に笑いかける。  誠実は、そんな匠を強く強く抱きしめた。

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