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第17話 生きててよかった
匠は目が覚めて、思うように動かない体に少し戸惑う。
匠、と涙目で覗き込んでくる誠実に、匠はますます戸惑ってしまった。
「おま、え……なんだ、その、かっこう」
話すのは、少し何故か苦しい。
喉がカラカラだ。
体を動かすこともつらい。
なんだこれは?と真面目に思い返せば、そう言えばあの母に刺されたのか、と匠は妙に納得してふぅと息を吐いた。
実は、良妻賢母と呼ばれるような母だが、その実、父よりも母の方が過激なアルファ至上主義でオメガを嫌悪しているのを匠は知っている。
父は、どうして母に惹かれたのかわからないほど、母よりは穏健派だ。
匠、と繰り返し匠の名を呼ぶ誠実の腕をぽんぽんっ、と叩き、かすれた声で水、と言えばハッとしたように吸い飲みを差し出された。
「……はっ、あー、水がうまい……」
「匠……、よかった……」
「あぁ、悪かったな。母さんの気性を忘れてて。俺、母親似なんだよ」
性格が、と匠が笑う。
目が覚めたことで、そう笑っている傍に医師と看護師が飛んでくる。
検査のため、引き剥がされると知った誠実が医者たちをにらみつけた。
そんな誠実に、匠は苦笑いすると誠実の後ろから頭をなでる。
「少し、待ってろ。どこにも行きゃしないから」
「……匠ちゃん……」
泣きそうな誠実を引き寄せ、匠は額を合わせながらその頭をなでてやる。
体はまだうまく動かないから、匠の動きは少しぎこちなくなってしまったが。
誠実は大人しく病室を出ていく。
医者や看護師に質問され、それに応えていく匠。
体の方は、痛みは残るものの、後は何ともなかった。
そこで、医者は少し困ったような表情をしながら匠へと聞く。
「貴方は、元々ベータですよね?」
「そう、だけど?」
「血液検査で、ベータの因子とオメガの因子が発見されました。そして、その首筋のボンドバイトの痕。今は、オメガだとして間違いないですか?」
「……だったら?」
「……どのような意図があって、バース転換したのかお聞かせ願えますか?」
「俺の番が、俺をオメガにした。ただそれだけだ」
匠は、医師の質問の意図が分からず、警戒して端的に話す。
この医者も、匠にとっては敵なのかもしれないと。
「それは、無理やり、ということでしょうか?」
「俺が無理やりオメガにされたって?アンタにはそう見えたのか?」
あぁ?と凄む匠に、医者は苦笑する。
「いいえ。では、合意ということでよろしいのですね?」
「あぁ、間違いない。一体何なんだ」
「バース転換はこの世界で、少数ですが起こっています。その大抵は、ベータがオメガへと転換するものです。それは、ベータである方の意思を無視した、ね。だからこそ、意思を確認しています。無理やりオメガとなったのであれば、オメガ因子を取り除き、ベータへと戻す手術も存在するわけですから」
ただ、と医者は渋面を作り、いう。
「番のいるバース転換したオメガ、というのは初めてのパターンなので成功するかどうかわかりませんが」
「ふーん?まぁ、でも必要ない。俺は、アイツの番だ」
その事実を、変えられたくはない、と匠は首を横に振った。
そうでしょうね、と医者も納得するように首を縦に振る。
「君のご両親から、バース転換を戻すような手術を頼まれたんだけど、本人の意思を確認したくてね。本人が望んでもいないのに、手術をするのは違法だし」
じゃあ、僕は手続きがあるから、と医者は行ってしまった。
それと入れ違いに、誠実が病室へと戻ってくる。
気が付けば、ここは匠の他には誰もいない、個室だった。
個室なんて高いだろうに、と匠は苦笑するが多分払うのは誠実だし気にしない。
「あの医者、なんだって?」
「あぁ、俺の両親から俺のバース転換を戻す手術を依頼されたんだけど、俺の意思はどうかって話」
ふーん?と興味なさげに相槌を打つ誠実に、匠は苦笑する。
そういえば、と匠は誠実に尋ねた。
「あの後、どうなったんだ?」
「うん?あぁ、近所の人が救急車呼んでくれてね、匠ちゃんはここに運ばれたんだよ?」
「いや、あの俺の両親は?」
「匠ちゃんの両親は……ここじゃない病院に運ばれたよ」
少し言いにくそうに、ぶすっと答える誠実。
匠は、うん?と首をかしげる。
「病院に運ばれたって、何かあったのか?」
「……」
口を開こうとしない誠実は泣きそうな顔をして匠を見る。
匠は、更に内心首をかしげながら、泣きそうな誠実の頭をなでた。
「何があったって、嫌いになんてなったりしねーよ?どうしたんだ?」
「……俺が、殺し、かけた」
匠の顔色を窺うように話す誠実。
どうやら、誠実が我を失って、匠の母を殺しかけたらしい。
匠が運ばれた後、救急車がもう一台来て運ばれていったらしいが、この病院とは違う病院だという。
まぁ、同じ病院に運ばれれば、誠実が何をしでかすかわからない。
匠の母親が匠を刺したことについては、刑事事件になるらしいが、誠実が匠の母を傷つけたことはニュースにもならないといった。
アルファの報復は、たとえ人を殺したとして罪に問われることはない。それはアルファの本能だから仕方のないこと。
大半の国で、それは合法となり、アルファの番に手を出した方が悪いとされる。
番に手を出してないと判明すれば、それはアルファも罪に問われるが。
今回の場合は、匠の傷もあり、目撃者も多数。
誠実が罪に問われることは、ない。
そう知って、ほっと匠は息を吐いた。母親が生きていることにではない、誠実が罪に問われないことにだ。
「お前が無事でよかったよ」
力を入れて、誠実を引き寄せると、その胸元に頭をのせて、匠はゆっくりとその頭をなでる。
誠実は何よりもその時間が好きだった。
過ぎていく日々の喧騒の中、匠だけが誠実のすべてだったから。
傍にいて、自分だけを見ている瞬間というのが至福の時だからだ。
匠は、少し傷が痛んだが、それが気にならないくらい誠実の笑っている顔を見れて、満足していた。
「匠ちゃんも、生きてて良かった……」
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