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第2話

   * 「借りたもんは返さないとな」 「待て、これは俺の借金じゃな…!」  言い終わる前に後ろから腰を蹴られ、思わず応戦する。とび蹴りしてきたチビッ子が、着地する前に片足を掴んで投げ飛ばす。 「うっ…ぎゃッ!」  背中から壁に叩きつけられたチビッ子が、叫びながら床に転がった。  ヒュッと黒い風が鼻先をよぎるのを紙一重でかわす。風が戻る位置に、薗田の黒い手袋がある。え? ヨーヨー? のわけないか。飛び出す鞭とかあんのかな? 「…クッソ、てめぇ」  ふらつきながらチビッ子が声を上げた。上げた顔はおっさんだった。  えー、この組は身長制限あるのかな? 身構えようとすると、薗田が手で制した。  ひと暴れしただけで、足元の土埃が舞い上がり、靄ったようになる。どうしてこう都内には、殺人現場やら、拉致、喧嘩がしやすい場所を無防備に開放しているのだろう。日中空ける倉庫は鍵をかけてほしいもんだ。道路で拉致られた瞬間に死ぬかと思ったが、いざ、囲まれてみると命の危険は感じない。その代わり、これだ。懐事情だ。 「徳重さん、喧嘩したいわけじゃないんですよ。お金返してもらえればなんの文句もありません」  薗田の隣で黙って立っていた男が胸ポケットからなにやら取り出して、一枚を投げた。  足元に女の写真が落ちた。派手な服を着ている、顔に見覚えはない。もう一枚、飛んできた。貫禄のある女が一枚目の女とピースを決めている。また一枚、幼稚園児の写真だ。やらしそうな爺さんと厳しそうな婆さんと…? 婆さんのつけている指輪に記憶があった。そうだ、ブランド名はわからないが、女の鞄は希少価値のあるとかいう、なんとかってやつだ。見覚えがある。 「我々は単なるチビッ子の集まりじゃありません。やるときはやります」  そう言われてわかった。借金のカタに根こそぎ巻き上げたものの中で、質草にするほどの価値のないものは持って帰る下っ端もいた。ホステスへの貢ぎ物、母の日プレゼントの指輪、持って帰った下っ端の顔はなんとなく覚えている。これはまさかの、俺の周りの人間たちの家族写真ということだろう。 「頭がすげ変わったからといって、その濡れ手で触ったものは、その胴体に払ってもらう必要があります」  頭。うちのバックボーンである組が先日潰れた。潰れたというより殲滅だ。東京の隅っこで慎ましく(業界的にその語彙は違うとは思うが)、他所のシマを荒らさず、生まれた町を下支えしたきた組が潰された。事件としては「民家の火事で8名焼死」と短く片付けられるが、今目の前に立っている薗田の組と小競り合いの末、いよいよ戦争勃発かと言っている最中起こった事件だ。メインキャストを失い、戦争は自然消滅した。  奥歯まで見えるようにニカっと笑う。写真を撒いていた男の手が一瞬、腰の後ろを意識した。……なんか持ってるな、怖い怖い。薗田同様にまったく無表情で何を考えているかわからない。一重の男はだから嫌い。  手を上げて戦う意思はないことを示すが、爬虫類のような目でじっとこちらを見返すだけだった。 「おっかなーい。無言で何度も刺されそうだ」茶化してみる。 「ふふっ」  薗田が笑う。キモい。 「あなたのように、笑いながら人を痛めつけるような趣味はありませんよ」  俺にそんな趣味はないが、こいつと長話を続ける気はないので黙った。黒手袋をさすりながら、薗田が続ける。 「東商リサーチに倒産情報が載ったからって、あなたが働いていた会社が全うだと証明されたわけじゃありません。我々にはこれだけ記念写真を撮らせてくれるお友達がおりますので、あなたの働いていた会社がフロント企業だったという証明くらい、簡単なんですよ」  薗田が小指を立てて微笑む。キモい。  隣の男がまた、黙々と写真のばらまきを再開する。小指? まさか、せっかくバレる前に金を持たせて社員を散らしたっていうのに、そいつらに会いにいって指でも詰めて回るというのか? 冗談じゃない。生涯唯一の善人ぶった行為に泥を塗られて、大多数の人間から恨まれて生きるほど、俺は図太くない。 「へいへい。頭の悪い俺のためにご説明頂きましてありがとうございますー」 「わかっていただきましたか? これはあなた方に損害を受けた分を金額にして、一枚の紙に変えただけのことですよ」 「…ですよね」 「頭はつぶれ、代表は逃亡した今、とりまとめをされてた方に泣きつくしか、零細企業の我々には手段がないのですよ」  散らばった写真の上に、薗田が放った偽造の借用書が落ちた。

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