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第5話

   *  明治の車で昨日の畑に連れていかれた。 「トシさーん。シゲさん連れてきたよー」  どっちも嫌だといったつもりだが、明治はシゲさんと呼ぶことに決めたらしい。育ちすぎたキャベツが一つ動いたかと思うと、タオルを頭に乗せた老人がこちらへゆっくり歩いてくるのが見えた。 「じゃ、まったねー」  明治の車がガスをふかして遠のいていった。しまった、買物をお願いするんだった。茫然と見送っていると腰のあたりで声がした。 「畑、知っとるか?」  普段の徳重だったら、「ああテメェ。誰に口きいてんだ?」と返すところだが、 「…知りません」と謙虚に答えて見せた。  すると老人はゆっくりと歩き出した。黙ってみていたが、どんどん離れていくので歩いて追いかけた。  荒れた畑の脇の木屑をひろったかと思うと何やら、老人がモグモグと言っている。耳を傾けるために腰を折ると、 「これがクワでこれがスキだ。使い方、わかるか?」  と片方をよこされた。 「……」  知るわけねぇだろ。すでに、イラっとしていたが、老人は構わず手に持っていたものを土に入れ、サクサクと掘り返す。干からびた土の下から、濃い色の土が掘り返され脇に山ができる。不意に手渡されたので、真似て土を掘り返すが、同じようにはできなかった。 「……あれ?」  横を見ると老人が、もう片方の木屑で土を掘り返し、 「これはこう使う」  といって手渡してきた。同じようにやってみるが、やはり老人のやるようにはできなかった。 「こうじゃ」  そう言われてやってみてもなかなかできない。 「コツを教えてくれねーかな?」 「こうじゃ」 「説明が欲しいんじゃが」 「こうじゃ」  体得するしかないようだ。老人の真横にしゃがみこんで、土を掘り返した。 「うん? そうじゃな」  無心になっていたせいか、老人がなにに返事をしたかわからなかったが、ゆっくりと腰を上げ、歩き出した先にもう一人の老人が立っていた。  前をゆっくり歩いているのがトシさんと呼ばれていたから、こっちはヨシさんだろうか? 手招きをされ、トシさんを追い越して挨拶をする。とにかく環境が変わったので、人相は悪い愛想も悪いとなると誰もかまってくれなくなるかもしれないので、腰の低い人間を装う。 「おはようご…」 「アッハッハッハ。もう昼だっぺ」  見た目ではわからなかったが、声を聞いてもじじぃかばばぁかわからなかった。  金の薬缶を傾けられて、手を洗う。ヨシさんに倣ってシートに座ると湯飲みを渡された。黒い年期の入った薬缶から茶色い液体が注がれた。麦茶だろうか。飲んでみると香ばしい、懐かしい味が混ざっている。 「ごぼう?」 「ほ。舌が肥えとるな」ヨシさんは朗らかに笑った。遅れてきたトシさんが薬缶で器用に手を洗ってヨシさんの隣に座った。 「ご夫婦っすか?」 「アッハッハッハ。やだよーこんなじいさんと一緒になるくらいなら、若いおねぇちゃんの方がいいよぅ」  ヨシさんが笑うのでトシさんの茶碗からお茶が左右にこぼれるが、トシさんは黙って、茶碗が満たされるのを待っていた。 「アンタさんがでっかい図体で胡坐かいてるから、座ることないだけだぁ」  そう言いながらヨシさんが徳重にお櫃を突き出してきた。おにぎりが詰め込まれていて、腹が鳴った。 「いいんですか?」 「アッハッハッハ。見せて終わりとかないっぺ?」 「あざす!」  丸一日なにも食べてなかったことを思い出し、ゆっくりと味わった。美味い、というと「残りはもってけーればええ」と言われありがたく感じた。  時間はわからないが、息の合った二人が無言で突然帰り支度を始めたので、夕方かと思った。陽はまだほぼ真上にあったが、無駄な残業をする必要もないので、同時に帰ることにした。どちらがスキかクワかもわからないが、とりあえず泥を落として畑の隅っこに置き、二人の老人にお辞儀をした。 「今日はありがとうございました」  二人は振り返り、無言でまた歩き出す。ヨシさんが運転席に乗るときに、思い出したように 「コレな」と差した。あ、お櫃。荷台に積まれたコの字のブロックの下にそれはあった。日避けか。 受け取ってまたお辞儀をすると老人たちの車はのろのろとあぜ道を去っていった。  …反対方向なら仕方がない。覚悟して山道を戻る。  家について、ぐったりした。畑仕事はまだしも、山道を登るのはきつい。車で15分ほどだと思ったが、歩いている感覚では1~2時間はかかった気がした。道を間違えたかと思った。錆びて倒れた看板には「熊」と「意」の文字だけかろうじて読める。熊注意。熊が出る道を武器もなしに歩いていることを知る。熊が出没する時期はきっと違うだろうと考えなおし、足音を出さないように静かに歩いた。  風呂に湯をためて、部屋に戻るとなぜかとっぷり陽は暮れていた。

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