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第9話
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明治の持ってきた牛肉と野菜を、ホットプレートで焼く。久々に豪快な食事だ。部屋の中でバーベキューをしているようなものなので、一瞬で部屋中が煙だらけになった。押し入れの方でギシッと家鳴りがし、明治がびくついた。
雨は入り込んでしまうが、窓を開ける。明治が音が鳴った押し入れの方をしきりに気にしながら、顔を近づけてきた。
「シゲさんって、霊感とかないんすか?」
「レーカン?」
性的用語かと思って眉を顰めると、明治は手をプラプラとさせお化けの真似をする。
「ああ、霊感ね。そんなもんあったらとっくに死んでるわ」
金貸しをやっていた時代はかなり呪いの言葉を吐かれたし、7人の子持ちのオンナまで需要がある限り水に沈めたが、中学生の息子が自殺した。…あれは少々参った記憶がある。
「やっぱり…この家、出るんじゃないっすかね?」
暗い過去を遮って明治が言った。
「…なんで?」
「なんで?」
聞き返すと明治は箸を落として目をむいた。
「知らないでここ住んでるんすか?」
明治がパクパクしながら、震えだす。冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを出して、片方を置く。震えながらプルトップを上げ、泡だけ舐めるようにしてからようやく言った。
昔、この場所には大きな古民家があったという。両親が死ぬまで住んでいたが亡くなったのを機に若夫婦が農家を始めようとここに新築を立てて引っ越してきた。ところが思った以上に農業はうまくいかず、父親が蒸発。残った鬱状態の母親が無理心中をしようとしたが、子供部屋に居たはずの子供がおらず、一人で風呂場で喉を掻っ切ったそうだ。
村役人は門から入ろうとしなかった理由がようやくわかった。
「…なるほどね」
『風呂場がちょっとアレしたもんで』老人たちのアレとは使い方が違ったことを今更知った。
久々に酒を飲んで眠った。無性に喉が渇いて夜中に起き上がると台所に白い影が見えた。
ほっそりとした肢体。髪は肩まであって顔が見えない。月明りを受けて金色に光って見えた。
パタリと倒れて目を瞑る。女に興味がなくなったのは商品として扱うようになったせいかもしれない。ひと昔前なら「フロに沈める」といったが、今は水だ。フロのみでなく水商売全般、水分があるかぎり絞り出す。マザコンが増えたおかげで熟女も生きていれば金は稼げる。金持ちの老婆をひん剥きたい、そんなアホもいた。
酷いことをしていたもんだと思う。
いきなり喉元をひんやりとしたもので覆われた。薄く目を開けると台所にいた白い奴だ。前髪が長く顔は見えない。口元が人でも食ったようにテカって見えた。冷たい手で首を絞めている。だれかの恨みで死ぬのも悪くない…。そう思って目を閉じた。
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