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第12話

   * 「アッハッハッハ。何してんだぁ?」  積んだサツマイモが荷台から崩れ落ちて、埋もれた。  いかん。何をしてても気が入らずに茫然としてしまう。慌てて拾いなおすと、ついでだから流い台に入れろと言われた。ヨシさんは笑ってみているだけで、手伝ってもくれない。  今日は畑ではなくヨシさんの家で、出荷作業を手伝っていた。…手伝いになっていないが。 「アンタさん、今日は腑抜けやな」  …その通りなんす、とは言えないので、無言で拾う。サツマイモの色をみて、キスをした唇を思い出す。もっと艶めいて血の色をしていた。握ったサツマイモより、もっと柔らかい脚だった。 「ああっ」  声を上げて回想に引き込まれそうになるのを振り払うと、ヨシさんが糸のように細い目を広げた。  こうしている間にも、逃げてしまうだろうと思った。親指を結ばれると縄抜けできないはずだが、ハサミやカッター、包丁も隠してきたわけではないから、器用に使えば結束バンドも切れるだろう。腑抜けだ。長閑な田舎暮らしにすっかり慣れてしまって、昔ならあり得ない失態を犯した。どんな人間でも確実に追い詰めていたフロント企業の金庫番が、こんな失態を犯したなんてしれたら、昔の連中は驚くに違いない。つか、まず俺が農業ってとこで腰抜かして笑うだろう。  エロ兄さんこと、明治は車に戻るとまだ伸びていた。氷を取りに行ったのを忘れ、軽く頬を叩いて起こし、無理やり車を出してもらった。 「やっぱり、あの家にはいるみたいだ」  そういうと明治はハンドルをあらぬ方向に切ろうとした。死ぬからやめろ。脅してしばらく家に入り込んでくるのは遠ざけたいが、迎えの車は欲しい。    *  驚いたことに、座敷童は家にいた。  備蓄野菜でチャンプルーと浅漬けとみそ汁を作って待っていた。 「……」  感動して言葉もでない。 「…座れば?」  夕焼けに染まった台所は、夏の気配を感じるほど蒸していたが、座敷童は汗もかかずに涼しい顔で、茶碗にご飯をよそい、向かいに座った。 「縛って悪かったな」  というと少し睨んだあと、「すぐ解けたし」と小声で返した。いい奴かもしれない。 「いただきます!」  みそ汁を啜る顔を、座敷童がじっと見ていた。

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