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2nd RED butler
この人は、何度起こしてもすんなり起きない。
起こす度に「あと10分....」と言って、幸せそうな顔をして眠っている。
「....いい加減起きてください!蒼介様!」
俺はそういうと、勢いよくキルトをめくった。
蒼介は顔をしかめて、「ん〜....」と言った。
そして、ゆっくり目を開ける。
その焦点の合わない澄んだ黒い瞳が、俺をとらえた。
「もう少し、優しく起こせないの?真純....」
蒼介は目をこすりながら、ゆっくり体を起こして言った。
「今まで何十回って、優しく起こして差し上げてます!」
「....真純......そんなに怒らなくたって」
口をキュッと閉じて、悲しそうにうつむいた。
あぁ、もぅ....。
この人は、俺のウィークポイントを知っている。
そんな顔されたら、怒る気にもならない....。
俺は蒼介の細い手を握って、目線を合わせた。
「そんな顔しないでください、お願いですから。ね、蒼介様」
俺がそういうのを、この人は待ってるんだ。
その証拠に、この言葉を聞くと楽しそうににっこり笑う。
この笑顔も、俺のウィークポイントだ....。
この人の笑顔や表情、声や仕草、家ではリラックスしているのか、ふにゃふにゃしてて....全てが俺の心を掴んで離さない。
愛しくてたまらない....。
ところがだ。
一度外に出ると、この人のふにゃふにゃ感は完全に消える。
スーツをビシッと着こなしたクールビューティ。
頭の回転も速くて、穏やかな性格。
柔らかな笑顔は、会う人を魅了して。
非の打ち所がない〝御曹司〟に変身するんだ。
外で気を張って、家でふにゃふにゃするのか。
家でふにゃふにゃするために、外で頑張るのか。
この人の執事をしてだいぶ経つけど、つかみどころがなくて、危なっかしくて、振り回される。
萌えポイントって、言うんだろうか?
自分しか知らない、この人のふにゃふにゃ感。
........一生、お守りしなきゃって、思ってしまう。
俺が執事として、初めてこのお屋敷に来た時。
蒼介はまだ高校生だった。
真っ直ぐな、キラキラした瞳で俺を見て、俺の髪をふわっと触って言った。
「赤い髪の執事って、カッコイイね!できれば、このままでいてほしいんだけどなぁ」
執事は、主人より目立ってはいけない。
ただ、俺はイギリスの学校にいたから、髪は自由に染めていた。
黒服に赤い髪の執事は、ここでは目立ってしまう。
黒髪に染め直そうと思っていた矢先、蒼介に言われた一言。
その明るく純粋な笑顔に俺はドキッとして、「かしこまりました」と、つい返事をしてしまった。
会社に蒼介を迎えに行くと、いつも以上に疲れた顔をして車に乗り込んできた。
バックミラー越しの蒼介の顔は、どことなく元気もない。
「お疲れのようですか、大丈夫ですか?」
「....あ、うん。大丈夫....ちょっと、疲れちゃって....」
そう言って蒼介は瞳を閉じた。
寝ちゃったかな....。
しばらくして、もう一度バックミラーを見て、俺はビックリした。
....泣いてる....。
外を見ながら、静かに。
それからは、もう、気が気じゃなかった。
俺がこのお屋敷に来て、蒼介が泣いたことなんて一度なかった。
いつもにっこりしてて、ふにゃふにゃしてて、かわいくて....。
帰り着いたら、元気はないもののにっこり笑って、いつものように「真純、ありがとう」と言って、車を降りた。
....今まで見たこともない蒼介の顔を見て、俺の心がざわついた。
今日はよっぽど疲れているのか、蒼介はいつもより早く就寝した。
結局、今日のうちにいつもの元気が戻ることもなく、疲れきった顔をしてベッドに入る。
「ねぇ、真純....」
「なんでしょう?蒼介様」
「........やっぱり、いい....おやすみ」
思わず蒼介の肩を掴んだ。
「蒼介様!言いかけてやめるの、やめてください!ちゃんと言っていただかないと、わかりません!!....ちゃんと、私の目を見て....」
俺を見た蒼介の瞳は、今にも泣きそうなくらい涙を溜めていた。
「....明日、会社に着いてきてもらって....いい?」
か細い声でそう言うと、俺にしがみついて、声を殺して泣き出した。
初めて見る....こんなに苦しそうに泣く蒼介を。
細い肩が震えて、今にも壊れそうだ...。
俺は、蒼介を安心させるように抱きしめた。
いくら俺が「今日、何かあったんですか?」って聞いても、蒼介は絶対に言わなかった。
..........一体、何があったんだよ....。
クールビューティーな御曹司に変身した蒼介の後を、俺は歩く。
すれ違う人は、俺を見てみんなビックリする。
そりゃ、そうだ。
こんな赤い髪の従者なんて、そうそういないからな 。
蒼介は専用の執務室に入ると、軽くため息をついた。
そして、俺にいつもの笑顔で言った。
「今日はついてきてくれて、ありがとう、真純。おかげで、すごく心強いよ」
昨夜の涙を見た後の今日のこの笑顔。
決して俺には言わなかった涙の原因は、一体なんなんだ.......。
コンコンコン。
ドアをノックする音が部屋に響く。
その瞬間、蒼介がビクッとして不安げな顔をした。
『....蒼介?僕だけど』
蒼介の顔が、強張る....。
「....はい、どうぞ....」
入ってきたのは、蒼介の二番目の兄の航介。
優しい顔をした、スマートな御曹司だ。
航介は俺の存在に気づいて、少し目を見開いて一瞬ビックリした顔をした。
でも、すぐ、爽やかな笑顔を僕にむける。
「蒼介、今日の夕方からのパーティ。いくでしょ?」
航介が一歩前に出ると、蒼介が一歩下がる。
「....はい」
「時間合わせて一緒に行かない?」
「....今日は、真純がいるから....真純にお願いしてます....わざわざ、声をかけてくださってありがとうございます。航介兄さん」
「そっか....わかった。じゃ、また後で」
航介が蒼介の手を握ると、握られた蒼介の手が微かに震えている....。
帰り際、航介が俺を見て笑った。
まるで、挑発しているかのように....。
....原因は、わかった。
....俺をなめるなよ。
絶対、蒼介を守ってやる。
「私に〝着いてきて〟って言った理由を、ちゃんと教えてください」
俺は、蒼介をじっと見据え言った。
蒼介は、眉をひそめて、ギュッと口を閉じて....目を逸らす。
....こういう時は、本当に頑固者だ。
蒼介の両肩を掴むと、俺は蒼介の視線を無理矢理合わせる。
「蒼介様!!」
俺の声に蒼介は、ビクッとして、涙をいっぱいためた瞳で、俺の目をじっと見た。
「ちゃんと言っていただかないと....あなたを守れない」
俺の言葉に蒼介は、ハッとした顔をして....そして、大粒の涙がその頰を流れ落ちる。
「....話したら....きっと、僕を....軽蔑するよ?」
蒼介は、ゆっくり話しだした....。
ーー
僕は、航介兄さんに呼び出された。
いつも優しい、僕の2番目の兄さん。
何かしら気にかけてくれるし、頼もしくて、大好きだ。
コンコンコン
『どうぞ』
執務室に入ると、いつもの優しい笑顔で僕を迎え入れてくれた。
航介の横には執事の村雨がいる。
背が高くて、キレイな顔をした村雨とハンサムな航介が並ぶと、そこだけ現実味がないくらいキレイで、思わず見惚れてしまう。
「ご用って、なんですか?航介兄さん」
「まぁ、座ってよ」
僕は勧められるまま、ソファに座った。
「........蒼介、最近、....すごくキレイになったね」
「?....そうかな?....自分ではよく分かりませんけど....」
「そうだよ、蒼介」
航介は眩しそうに、僕を見て言う。
「........だから、誰にも渡したくないんだよね。........蒼介があまりにもキレイだから、明日のパーティでかなり目立つと思うんだ....だから、悪い虫がつく前に、僕のものにしたいんだよね」
航介のいつになく冷たい目と声に、僕は背中が寒くなるのを感じた。
ここから、早く立ち去らないと....。
イヤな予感がする....。
「....航介兄さん、僕、疲れちゃってるから、早く帰らないと....失礼します」
立ち上がって帰ろうとした時、みぞおちに鈍い衝撃が走った。
........村雨が、僕の腹に一発、拳を叩き込んでいた。
上手いこと〝入って〟しまって、声すら出せず、崩れるように、意識を失ってしまった....。
............
「!!」
体を突き抜ける痛みで、僕は、目を覚ました。
僕の中で動くなにか....その感覚が気持ち悪くて、息が止まりそうになる。
僕の肌と誰かの肌が触れて、擦れる....。
誰かの激しい息づかいが、僕の耳元でこだまする....。
「気がついたの?....蒼介」
....僕の耳元で航介の声が聞こえた。
なに....してるの?....航介....。
「やっ!....離して!!やめてっ!!航介兄さん!!」
僕は思わず叫んでしまった。
航介の体を引き離そうとするけど、手首を押さえつけられて、どうすることもできない。
叫ぶ口を塞ぐように、航介が唇を強引に重ねて、口の中を舌でかき回す。
やだ.........やめて....!
それでも、航介は激しく動いて、そのたびに僕の中は気が遠くなるくらい痛くて....耐えきれずに体が震える。
快感なんか....優しさなんか....ほど遠い....。
航介が僕に与える全ての感覚が、僕をどん底に突き落していくようで、怖くて.....怖くて.....。
「....っ!!....蒼介っ!!」
航介の声と同時に、僕の中に、あたたかいものが広がって、溢れ出した。
....僕は気分が悪くなって、思わず両手で顔を覆ってしまった。
何の抵抗もできず、ただただ、航介に犯される....。
くやしくて、なさけなくて、涙があふれてきた....。
泣き出した僕に、航介は冷たい声で囁く。
「蒼介は、僕のものだからね....」
ーー
「....軽蔑....したでしょ?」
蒼介の心の奥にしまわれていた、秘密の暴露。
全部話終わると、蒼介は静かにそう言った。
「....僕の執事がイヤになったのなら、いつでも、ここから出て行って....いいから」
俺に向かって、精一杯の笑顔を作る。
軽蔑....するわけない....!
イヤに....なるわけない....!!
怖い思いをした蒼介を想像すると、胸が痛くなった。
〝一生、守る〟なんてカッコつけてたくせに、何もできなかった自分に....ものすごく....腹がたつ。
たまらず、蒼介をギュッと抱きしめた。
細い体が震えている....。
誰にも言えず、どれだけつらかったか....計り知れない。
「....心配しないで、蒼介様。
私は軽蔑もしないし、離れもしない。
蒼介様のイヤなもののすべてから、私が守って差し上げます。
だから、心配しないで....」
「....ありがとう....真純」
そう言って、蒼介は静かに泣き出した....。
大丈夫。
俺が、絶対....これ以上蒼介を泣かせたりはしない....!
「本当は、パーティなんて、全然気乗りしないんだけど....」
紺色のタキシードに袖を通した蒼介は、ため息をついて言った。
蒼介は、もともとパーティが好きじゃない。
....たいした目的もなく、ただひたすら話しをすることが、苦痛でしかたないらしい。
確かに、パーティのあった日の蒼介は、いつも以上に家でふにゃふにゃしている。
今日は航介の一件も相まってか、さらにため息が多くなっていた。
「今日は、私がご一緒します。....不安になったら、すぐ言ってください」
俺は、蒼介のタキシードの襟を整えながら、安心させるように言うと、蒼介は鏡越しに「ありがとう」と、小さく笑った。
いつもの蒼介に、少し戻った気がした。
「今日はお招きいただいて、ありがとうございます」
「やぁ、蒼介君、久しぶりだね。見ないうちに立派になって!今日は楽しんでいって!」
「はい」
蒼介は穏やかな笑みを浮かべて、ホストと挨拶をする。
このクールビューティは、歩くたび、笑うたび、人の視線を惹きつける。
しかも、無自覚に。
そして、蒼介の周りに人が集まって、あっという間に、その中心になってしまう。
航介が、独り占めしたくなる気持ちもわかる気がする。
....ただ、やり方がヒドすぎる。
「真純。お久しぶりです」
その声の主は、俺の横に並んだ。
........村雨。
俺は、今、お前に1番会いたくなかったよ。
「....久しぶり」
「真純のご主人様は、もうお元気になられたんですか?昨日は、あんなに泣いていらっしゃったのに」
「...........」
村雨は、俺に向かって挑発するように笑う。
「....とても、艶っぽかったですよ。蒼介様は....」
....人前じゃなかったから、殴ってたところだ。
頭に血がのぼる....俺は、拳を握りしめた。
「.............言いたいことは、それだけ?....あんまり、ナメたまねしない方がいいよ。....俺、ご主人様を侮辱するヤツには、何するか、わかんないから....」
村雨は、俺から視線を逸らすと、どこかへ行った。
怒りを抑えたまま、人の中心にいる蒼介に視線を送る。
....蒼介がいない....。
さっきまで、人の中心にいたのに....。
背筋が冷たくなる....。
そのまま、建物の中をくまなく、蒼介の姿を探した....その時、誰がに腕を掴まれて、バルコニーの方へ引っ張られる蒼介の姿を見つけた。
蒼介........!!
人をかき分け、バルコニーに急ぐ。
どうか、無事でいて....。
バルコニーに出た途端、俺は左頬を殴られて吹っ飛んでしまった....。
不意をつかれて、バルコニーに倒れこむ....歯をくいしばる余裕もなかったから、口の中が切れた。
「真純っ!!....真純!」
蒼介の小さくて、震える声が聞こえる。
声の方を見ると、航介に手首を掴まれて、泣きそうな顔をした蒼介がいた。
必死にその手首を解こうと、手をバタつかせているけど、ガッチリ握られてなかなか振りほどけない。
俺を殴った村雨が、近づいてくる....。
このままだったら、蒼介を助けるどころか、また、傷つけてしまう....。
....いちか、ばちかだ。
俺は、地面を蹴って、蒼介に向かって走り出す。
蒼介の体に手を回してホールドすると、そのままバルコニーの手すりを蹴って、バルコニーの外に飛び出した。
ゆっくり、放物線を描いて、宙を舞う....。
蒼介を離さないように....俺はその細い体を引き寄せた。
..............
ガサガサッードサッ
バルコニーの下の植え込みに、背中から落ちる。
植え込みに落ちたとは言っても、結構な衝撃が体に伝わった。
「....って....!!.......蒼介様、蒼介様!!大丈夫ですか?!」
俺は、腕の中におさまっている蒼介を確認した。
「.........うん....大丈夫....」
「立てますか?」
「うん....」
顔をしかめている蒼介抱えるようにして、俺は足早にその場から離れた。
車をしばらく走らせて、人目のつかないところで一旦車を止める。
....気が急いてるから、少し落ち着きたかった。
「真純.......血が出てる....」
蒼介はポケットチーフで、俺の腕を止血してくれた。
「ありがとうございます、蒼介様」
「....僕のせいで....ごめんなさい」
そういうと目を伏せて、いつもと違う、悲しそうな顔をする。
そんな顔しないで....胸が張り裂けそうだ....。
俺は咄嗟に、蒼介を抱きしめてしまった。
「....ケガはないですか?」
「うん、大丈夫。真純のおかげだよ。ありがとう」
「よかった....あなたが無事なら、それでいい」
一度体を離し、蒼介の小さな顔を両手で覆う。
蒼介が俺を見つめる。
その瞳が潤んでいて、すごくキレイで、たまらず俺は蒼介の唇を奪ってしまった。
唇を軽く重ねるだけだったキスが、次第に激しくなる....。
「.........蒼介様、あなたが好きだ。ずっと、出会った時から好きだ。こんな時にこんな事を言うなんて、信じられないでしょうけど....あなたが欲しくて、たまらない」
「....僕も真純が好き......こんな事言うと、真純を傷付けてしまうかもしれないけど.....体に残る....航介の感覚を消してくれる....?」
蒼介は涙を流してそう言うと、俺の唇に自分の唇をそっと重ねてきた....。
蒼介の体を愛撫すると、体をしならせて、呼吸を荒くして、感じていた。
恥ずかしそうな顔をして、自分の指を唇にあてて身をよじらせる。
....じれったいことしないで。
我慢できなくなるよ、蒼介......。
狭い車内が互いの距離をより近くさせて、俺をさらに興奮させた。
「.......真純......」
「....もう、大丈夫ですか?蒼介様」
俺の首に手を回してた蒼介は、顔を赤らめて、小さく頷いた。
一つに繋がった俺たちは、より一層、お互いを求めあった。
俺が動くたびに、蒼介がくるおしい声を、小さく漏らす。
....もう、止まらない。止められない....。
蒼介は呼吸を荒くして、ぐったりしていた。
何回もお互いの心と体を繋いで....肌のぬくもりを求めあったから。
細い肩が、上下に揺れる。
「....蒼介様、大丈夫ですか?」
「....大丈夫....」
そう言うと、蒼介は優しく笑った。
「....真純でよかった....僕のそばにいてくれる人が、真純でよかった....」
この人は、何度起こしてもすんなり起きない。
起こす度に「あと10分....」と言って、幸せそうな顔をして眠っている。
「....いい加減起きてください!蒼介様!」
俺はそういうと、勢いよくキルトをめくった。
蒼介は顔をしかめて、「ん〜....」と言った。
そして、ゆっくり目を開けて、そして、俺に軽くキスをする。
「おはよう、真純」
そして、にっこり微笑む。
あぁ、もぅ....。
この人は、さらに増えた俺のウィークポイントを知っている。
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