5 / 8

 今まで数回しか入ったことのないその場所は実にシンプルで、ノートPCが置かれたデスクとセミダブルのベッド、脇に置かれたナイトテーブルとこじんまりとしたチェストがあるだけだ。  衣類は作り付けのクローゼットにすべて収納しているせいか、余計なものが全くない。  皺ひとつなくメイキングされたシーツに上着を脱がされながら押し倒されると、俺を縫い留めるように両手首を掴まれた。 「なんだよ、いきなり……っ」  上から見下ろした純一の顔はいつになく色っぽくて、俺は唾を呑み込んだ。  兄にこれほど欲情している自分を想像できただろうか。  妄想の中でしかなかった彼が今、俺をベッドに縫い留めている。 「――こうしたかった。ずっと…ずっと前から」 「ずっと……前、から?」 「一緒に住みたいと言ったのは、俺の下心からだった。いつからかもう覚えていない……お前を弟として見られなくなっていた。性の対象――いや、考えるだけで胸が苦しくなる想い。それが恋だと気付いた時にはお前と離れた後だった」 「兄貴……」 「一緒に住み始めても素っ気ないお前に心を痛め、ソープの香りに欲情し、どこの男とも分からない精液の匂いに抑えきれないほどの怒りと嫉妬を覚えた。だけど……何も知らないお前にその感情をぶつけることが出来ずにいた苦しみ。――お前も分かっていたんだろう?」 「え……」 「たまたま聞こえてしまったんだよ……。俺の名を呟きながら自慰に耽るお前の声……。堪らなく色っぽくて、俺も自分のモノを扱いてた」  俺の手首を掴んでいた手をそっと離し、何の抵抗もしないことを確認すると、彼は上体を起こして自らのネクタイを引き抜き、ベストを脱ぎ捨てた。  パサッと床に落ちる音がやけに大きく聞こえるほど、部屋は静かでエアコンの送風音も耳に届かない。  ワイシャツのボタンを外しながらシーツに片肘をついた彼は、俺の頬を包み込むように掌を当てると触れるだけのキスを繰り返した。 「完全防音という触れ込みが覆された瞬間だった……。家賃の割引を交渉したほうが良さそうだな」  じつに純一らしい言い方に、俺も自然に口元を綻ばせた。 「――じゃあ、声とか迂闊に出せないな」 「その辺は問題ない。隣人対策は万全らしいからな……。高い家賃を払ってるんだ。お前の声を聞かれたとなれば今度こそ訴訟を起こしてやる」 「何言ってんだよ……。俺の声って……何、考えてんだよ?」 「貴文……まだ惚けているつもりか?――これじゃあ、彼女に報告出来ないじゃないか」 「報告って何だよ」 「お前の気持ちを試すために打った芝居に付き合ってもらった。俺の性癖を理解してくれた唯一の人物だ」 「じゃあ、そいつと結婚すれば?」 「出来るわけないだろ。愛しているのは――お前なんだから」  純一は何の戸惑いもなく率直に言葉を紡いだ。  その潔さは彼の真っ直ぐな想いを表すかのようで、それまで内に秘めた想いを誤魔化そうと必死になっていた自分が急に馬鹿馬鹿しく思えて、俺はふっと肩の力を抜いた。  血の繋がった実の弟である俺を愛してるという兄……。そういう俺も、純一の事を愛していた。 「――俺たち、顔は似てないけど……似てる」 「え?」 「同じ事考えてたんだって……。こんな事ならさっさと言えば良かった」 「貴文?」 「兄貴だから、血ぃ繋がってるから、口には出しちゃいけない事だと思ってた。でもさ……抑えれば抑えるほど苦しくて苛立ちばっかり募って。他の男に抱いてもらうことで紛らわそうとして……ホント、バカみたいだよな」  今まで関係を持った相手の顔は覚えていない。なぜって純一の幻を重ね合わせていたから。  体つきも愛撫のクセも、アソコの形も長さも違う――でも、俺にとってはすべてが純一だった。。 「お前に抱かれたいって。でも時々、滅茶苦茶に抱きたいって思った時もあった。俺の腕の中でどんな声出すんだろ……って想像しただけで勃った。こんな感情、間違ってると自分を責め続けてた。――でも違ったんだな。俺、間違っていなかったってことだよな?」  純一はふわりと表情を和らげ、俺の唇を指先でそっとなぞった。 「この唇にキスしたいって……。唇だけじゃない。お前の全部を手に入れたくて仕方がなかった。そして、お前に征服されたかった。お前にマーキングして俺自身も所有の証を刻んで欲しいと思った。同じ血が呼び合うようにな……」  俺は露わになった純一の厚い胸板にそっと触れた。滑らかで熱い肌は触れただけで強烈な色香を放った。  うっすらと色づいた突起を爪で弾くと、純一はくすぐったそうに目を細めた。 「――もう、立ってる」 「お前が触るからだ」 「美味しそう……。食べたい」  目の前にいくら高級な料理を並べられても、こんなに貪欲に欲することなどなかった。  蕩ける様なソースでも、肉汁溢れるステーキでもない。  今、俺が欲しいのは目の前にある二つの小さな胸の突起。純一の乳首だ。  彼の長い指が俺のワイシャツのボタンを外していく。ネクタイはとうに引き抜かれ床に投げ落とされていた。  温かな手がシャツの合わせ目からするりと忍び込み、俺の乳首に触れた。 「――お前も立ってる。可愛い……」 「いつも見てただろ?今更かよ」  互いに突起を指先で摘みながら額を押し付けて笑い合う。  ムズムズとした感触が、純一の指を受け入れたことを教えてくれた。  彼もまた、時折漏れる吐息に快感の端を掴んだらしい。 「――なあ、貴文。俺たちの初めてはどっちがいい?」 「どっち……て?」 「俺に抱かれたい?それとも――抱きたい?」  真面目で優秀な純一が口にする事とは思えない言葉に、俺は息を呑んだ。  普段、絶対に見せることのない無防備な顔……。 「はぁ……」  俺は堪らないというように彼の頭をかき抱くように引き寄せると、耳元で囁いた。 「ギャップ萌え……」 「そうか?お前の前ではずっとこんな感じだっただろ?」 「全然っ!俺にとっては出来のいい兄貴……」  耳殻にそって舌を這わせ、捻じ込むように丁寧に舐める。  決して大きいとは言えない耳朶に軽く歯を立てると、俺の肩や首に唇を押し付けるのが心地いい。 「――俺、ワガママな弟だからさ」 「ん――」 「まずは兄貴に抱かれたい。それから――」  チュッと音を立てて鎖骨を吸われる。 「それから……?」 「――兄貴の中に俺の精子、ぶち込みたい」  俺の体の上で純一の体がブルリと震えた。期待と嬉しさに身震いした――と思った。  そういう俺も口にした直後、背筋にゾクゾクと甘い痺れが駆け抜け、腰の奥がズクリと疼いた。 「いっぱい……愛してくれよ。俺はそれ以上に愛してやる」 「生意気言うな。その台詞、何十倍にもして返してやる」  スラックスの生地越しに重なった互いのソコは、もう痛いほど熱を持っていた。  布越しに感じるのがもどかしくて、俺は純一のベルトを緩め、スラックスのホックを外しファスナーを下ろした。  それに気づいた純一もまた、大きな手でその場所を愛おしそうにひと撫でしてからベルトを外し、同じように前を寛げた。  それまで籠っていた蒸気が部屋の冷気に触れ、イヤらしいオスの香りが解放される。 「兄貴……下着までビショビショ」 「お前だって……ほら、糸引いてるぞ」  下着の中に差し込まれた手が俺のペニスの先端を執拗に撫で、するりと引き抜かれて目の前に晒される。  濡れた人差し指と親指をこれ見よがしにこすり合わせては離す。指の間に引き合う細い銀色の糸を見つめて。俺はあまりの恥ずかしさに顔を逸らした。 「――やめろって」 「これで一体何人の男を誘った?――妬けるな。貴文を食べた奴」 「兄貴だって……っ!この大きいの、どんだけ他の奴に突っ込んだんだよ!」 「――気になるか?」 「なるに決まってんだろ!そいつら全員、ぶっ殺したい気分だ」  彼の顔を見ずに吐き捨てるように言った俺の唇に、濡れた指が唇をこじ開けるように差し込まれる。  塩気を含んだ蜜が舌の上に広がり、俺は自分のものだと分かっていながらも舌を絡めた。 「いっぱい舐めて……」 「っふ……う……っ」  指で舌を挟まれ、もう片方の手ではペニスを扱き上げられ、俺は純一の手に翻弄された。  無意識に腰を突き上げ、腿に引っ掛かったままのスラックスを脱ごうと足をバタつかせる。 「貴文、焦らなくていいよ。俺がちゃんと脱がしてあげるから……」  優しく、そして底なしに甘い純一の声に体の力が抜けていく。  唇の端から溢れる涎もそのままに、一心不乱に彼の指をしゃぶり続けた。彼に触れられる場所すべてが性感帯に変わっていく。舌先がだんだんと甘く痺れ、下肢に熱が集まっていく。 「あ…あぁ……っうぅ……っ」 「どうしたんだ?蜜がどんどん溢れてきてる。気持ちいいのか?」  何度も首を縦に振りながら、シーツの上に髪を散らす。  ビクビクと痙攣する体が止められない。 (気持ち……いいっ)  口に指を突っ込まれ、同時にペニスを扱かれるという被虐心を煽られる行為に、俺の理性が粉々になるのにはそう時間はかからなかった。 「うぐ……うぅ……は、はぁ……あぁ……」 「貴文の舌が指に絡みついて来る……」 「ふあぁ……うぅ……ぅ……ぐあぁ……あ、あぁぁぁっ!」  彼の指が舌の奥の方を押さえ込んだ瞬間、俺は目の前が真っ白になっていた。  激しく腰が跳ね、腹に飛ぶほどの勢いで白濁を放っていた。  射精中でもなお上下する純一の手に、快感が断続的に続いている。残滓を絞り出すようにキュッと力を入れられ、俺は足の指をきつく丸めたまま背を浮かせた。 「――口を指で犯されてイッちゃったのか?貴文は淫乱だな……」 「ちが……っ」  兄の前で見せた醜態に焦って顔をあげた俺は、さらに頬が熱くなった。  膝のあたりで丸まったスラックス、開けたままのワイシャツ、そして俺の足の間で吐き出したばかりの精子で濡れた手に舌を這わせている純一の姿。 「――濃いな。我慢していたのか?」 「な……舐めるなっ」 「じゃあ、どうすればいい?これ、お前の中に入れて俺の精液と混ぜ合わせようか?子供、出来るかもな」 「ば、バカ言え!――んぁぁっ」  純一の力強い手がスラックスを下着ごと引き抜くと、そのまま膝を掴んで力の入らない足を大きく割り開いた。  ひんやりとした空気が後孔にまで流れていた蜜を冷やし、わずかに身を震わせた。  純一を欲していながら、その願いをずっと抑え込んでいた蕾が今、彼の目に晒された瞬間だった。

ともだちにシェアしよう!