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第8話 ストーカーは突然に 1
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バイト帰りの暗い夜道。何となく感じる視線に、俺は何度も振り返る。
が、特に誰かがいる気配は無い。
「なんなんだよも~・・・」
困惑した独り言は夜の住宅街の静けさに吸い込まれていく。
ここ2週間ほど、ずっとこんな事が続いている。
奏汰に尻の穴を開発しろと言って家に連れ込んだ翌日くらいからだ。
俺はなぜか、昔からものすごくモテた。だからおおかたの予想はついている。大学が一緒の女だとか、バイト先のジムに通って来てる女だとかその辺りなんだろう。
どうせなら声を掛けてくれた方が幾分かマシだ。ただ監視されてるだけなのは本っ当に対処のしようがないから。
憂鬱になりながらも帰宅し家の鍵を開けて入ろうとしたその時
「蓮く~ん!」
呑気な大声をあげて向かいの家から駆け寄って来る幼なじみの弟。
振り返ってその顔を見ると、間の抜けたようなへらっとした笑顔で、さっきまでの憂鬱は何だったのかと思わされる。
「お前、まさか俺が歩いて来たの見てた?」
「え? ううん。ほら、うちのリビングから蓮くんちのライトついたの見えたから」
「ああ・・・」
家の前の感知式のライトがついたのを見たのか。じゃあやっぱり誰かが・・・
「それよりこれ。バイトで蓮くんが夕飯食べに来れない時は持ってってあげな、って母さんが」
「おばちゃん、そんな気遣ってくんなくてもいいのに」
と言いつつ奏汰から、盛られたおかずにラップがかけられた皿を受け取る。
「うちにご飯食べに来なよ」と言う奏汰に甘えて、今週から、バイトが無い日に俺は中谷家の夕飯をご馳走になる運びとなっていた。
奏汰の姉の音々 とは同い歳の幼なじみだったこともあり、ガキの頃からおばちゃんにはしょっちゅうお世話になっている。
音々が家を出てからは挨拶をする程度だったけど、俺が夕飯を食べに行くことにもすごく喜んでくれてるみたいだし・・・。
つくづく思うけど、中谷家の人間は俺を甘やかしてくれる。音々は小さい時から俺のボディガードだったし、おばちゃんは自分の子供のように接してくれる。奏汰は最近まで関わりは無かったけど、突然の無謀な頼みも二つ返事で引き受けてくれた。(つーか無理矢理だったけど)
「明日、楽しみだね」
明日・・・毎週日曜は、俺が頼んだ『開発』の日だと約束している。
無邪気な顔の奏汰に罪悪感が湧かないでもない。大事な息子を男のケツの開発に利用されてるおばちゃんにも。
受け取った皿を持つ手に ぎゅっ と力が入ってしまう。
「あの・・・さ、やっぱ もういいわ。悪かったな。汚ねぇ事やらせて。メシ、おばちゃんにお礼言っといて」
心苦しくて、奏汰の呑気な顔を見てるのがしんどくて、俺はそそくさと家の中へ入りドアに鍵をかける。
奏汰はもう もっさい根暗なんかじゃないし、彼女もちゃんといる。あんなの続けてたら、いずれ奏汰の黒々しい歴史になってしまう。
俺が好きな、女と遊び慣れてる結城 さんとは全然違う。
こういう事に利用していい奴じゃなかったんだ。
小さい頃から知っていた。俺の好きになる相手は同性だけだった。なのに、いつも自分の周りにいるのは女ばかりで。大抵の男は俺を毛嫌いした。
それでも俺が好きになるのは、自分を好きだと言ってくれる女じゃない。
おかしい、ってわかってる。だからこそなんとか女を好きになろうと思って、都合が良さそうな何人かの女とセックスをしてみた。できない事は無い。でも気付かされた。俺は抱きたいんじゃなくて、抱かれたいんだって。
いつしか俺は、自分を嫌う同性の冷たい視線にも慣れて、むしろ自分を射抜く鋭い眼光にすら快感を覚えるようになった。
逆に、向けられるあからさまな下心を含んだ女の好意に吐き気がするようになった。
結城さんは優しい。だけど時々、心底軽蔑したような目で俺を見る。ジムに通う女性会員に囲まれてる時、女性スタッフに言い寄られてるのを見られた時・・・女好きの彼にとっては自分以外の男がチヤホヤされてるのが不快なんだろう。
結城さんの優しさの裏には、俺に対する嫉妬と嫌悪が隠れてる。そこが好きだ。彼に、抱かれてみたい、と思うほどに。
あ~・・・、俺、マジで歪んでるわ。クローゼットゲイを拗らせに拗らせまくって、マトモな恋愛のひとつもしたことないのに脳内性癖ばっか捻れて、自分でも もうよくわかんねぇ~・・・
「蓮くん、おはよ!」
「ん・・・・・・・・・、は・・・、は!?」
目覚めると、ニコニコな奏汰が一番に視界に入って来て、俺は驚きと少しの恐怖で布団の中で固まってしまう。
「おまっ、おま、どうやって家に入った!?」
「へ? 合鍵。蓮くん、昔よく鍵失くしてたでしょ。だからいざという時の為におばさんがうちに合鍵一本預けてたんだよ。知らないの?」
「あ・・・」
そういえばそんな記憶も・・・だからってそんなん小学生の頃の話だし、それ、俺も親も絶対忘れてるやつ!
「母さんが今朝 鍵のこと急に思い出して、もう家に置いておく必要ないだろうからって。何回もピンポン押したのに蓮くん出てこないんだもん」
「お前な、こういうのを不法侵入って言うんだぞ」
「姉ちゃんは勝手に入ってたじゃん。蓮くんだってうちに勝手に出入りしてたでしょ」
「ガキの頃の話だろ!」
「今でも僕は蓮くんよりもガキです~」
唇を尖らせて白目を剥き出して、俺をからかうような変顔を作る奏汰。
むっかぁ~・・・何こいつ腹立つわ。
こいつ、たまにすっげぇ可愛げもクソも無い時あるよな。
陰キャだったくせに無駄に顔が良いのもなんかムカつくし。
「そーかよ。ありがとな、わざわざ鍵返しに来てくれて。俺まだ寝たいからオヤスミ。気をつけて帰れよガキんちょ、すぐそこだけどな!」
布団を頭から被り、ダンゴムシみたいに丸まって再び目を閉じる。
「え~、本当にもう開発しなくていいの?」
奏汰に言われて一瞬躊躇したけど、幼なじみの弟で可愛がってくれてる向かいのおばちゃんの息子で、と改めて考えたらこれ以上奏汰に汚れ役を押し付ける訳にはいかない、と思った。
「もういい。自分でする。・・・つーか、俺が男好きってこと誰かに言うなよ。言ったらマジで駅前で素っ裸にしてやるからな。彼女の前でだぞ!」
幼稚な脅し文句しか浮かばないけど、俺がゲイだってバレたら困る。一人っ子だし、大学出たら親の会計事務所に入ることんなってるし、俺のせいで事務所の評判落ちたらぜってー嫌だし。
「言うわけないじゃん。僕だって蓮くんのお尻ほじったの誰にも言えないし」
「当たり前だ! 誰にも言うなよ!」
「・・・・・・」
急に布団の外が静かになる。
もしかして帰った?
目の下まで布団を下げると、部屋を見渡して確認するまでもなく奏汰フェイスのドアップが目の前にあった。
「まだいんのかよ!?」
「いるよ。納得できない」
知らん!
「僕ね、RPGは攻略を読んで余すとこなく堪能したいタイプなんだ。どんなに面倒くさくても、そうしないと気が済まない」
知らん!!
「だから、蓮くんが面倒くさい処女でも、一度手をつけちゃったからどうしても自分の手で開発して攻略して立派なビッチに仕上げたいんだ」
・・・知らん。俺はビッチになるつもりはない。
ただ、結城さんを落とすためにはバックバージンを捨て、女じゃなくてもセックスで気持ち良くなれるって彼に思わせられるくらいにはなりたい。あの上っ面の優しさが、俺を妬む視線が、別のものに変わる瞬間を見てみたい。
「ねえ、蓮くん」
モゾモゾと布団の中へ入って来た奏汰の手が股間に当たり、腰の辺りに ぞわり とした感覚が走る。
「硬いね、朝勃ち?」
「かってに、さわってんじゃ・・・ねぇ」
服の上から亀頭を撫でられる刺激が強くて、低血圧の俺はすぐに体が拒絶態勢に入れなくて、奏汰の手の動きに翻弄されてしまう。
女の小さな手に触られても大して気持ち良くなかったのに、自分のより大きな男の手で触られるのがこんなにも気持ちイイなんて。
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