12 / 55

第12話 蓮くんは僕が護る 2

翌朝 6時 蓮くんのスマホのアラームが鳴って僕は目が覚める。 持ち主は一向に起きる気配がない。 「蓮くん。アラーム鳴ってるよ」 「んぅ・・・」 壁に前身を貼り付けて寝ている蓮くんの背中に指を当て つーっ と腰まで線を描くと、びくびくと肩が震える。 「起きないと襲っちゃうよ? いいのー?」 小声で聞くのは、襲いたいから起きて欲しくない、っていう邪な心があるから。 「お、起きてっし!」 腰を抱こうと伸ばした僕の手を振り払って起き上がる蓮くん。 だけど低血圧だという彼は膝を抱えて壁に寄り掛かり、半開きの目を再び完全に閉じる。 小動物みたいで愛くるしいなぁ。 コンパクトサイズにして手のひらに乗せてずっと見ていたい。いや どっちかって言うと口の中に入れて舐め転がしたい気もする。 毎日セックスしていたのに、どうしてユカちゃんにはこんな感情が湧いて来なかったんだろう。可愛いと思っていたのは確かなのに。そんなに巨乳じゃなかったから? でも蓮くんは巨乳どころか まな板なんだけどな。 これが『恋』というものなんだろうか。僕は女の子のおっきいおっぱいが大好きだけど、本当はゲイだったんだろうか。 とにかく今日は朝イチでユカちゃんに別れるって言わないと。 「ねえ、僕帰って学校行くからね。蓮くんもちゃんと起きなきゃだめだよ?」 「・・・んー・・・」 だめだこりゃ。とりあえず寝かせておこう。 座ったまま眠っている蓮くんを横たわらせ布団を掛けて、離れ難い気持ちを引き摺りながら自宅へと戻る。 自宅の玄関ドアを開けるとすぐに、新聞を取りに出ていたらしき母と鉢合う。 「あれっ、あんたどこ行ってたの? もしかしてお向いさん?」 「うん。これから暫く蓮くんちに泊まるから」 って僕が勝手に決めただけなんだけど。 「そうなの? ご迷惑じゃないの?」 「知らない。姉ちゃんもよく泊まりに行ってたし大丈夫なんじゃない?」 「そんなの子供の頃の話でしょ」 「僕、蓮くんから子供扱いされてるから平気だよ」 「もーあんたは ほんっとに・・・大人しいくせに図々しいとこあるんだから。まあ仲良しならそれでいいけど。ほら、ちゃっちゃとご飯食べちゃいなさいよー」 僕がお向かいさんに泊まりに行くのを特に気にするでもない母。同性だし、気するはずもないか。 でもね、母さんが思ってるような清い関係じゃないんだよ僕たち。ごめん、あなたが普通だと思ってる息子は今、衆道へと向かって突き進んでます。 父が亡くなってから女手ひとつで姉と僕を育ててくれた母に罪悪感が無いわけじゃない。だからって僕は、自分に嘘をついて生きるのは嫌なんだ。 登校してすぐにユカちゃんに別れを告げると、待った無しのビンタを頬に打ち込まれてしまった。引き攣った笑顔で「デカいだけのマグロなんてこっちから願い下げだから」と言われて・・・。 学年カースト上位に成り上がった僕に『巨根マグロ』というあだ名がついてしまった。 皆がクスクスと笑う中、 「気にする事ないよ。ユカの男癖が悪いのはみんな知ってるし、少し痛い目見た方がいいんだよ、あの女は。中谷に同情したりスカッとした奴らも中にはいるから」 優しい言葉を掛けてくれたのは、カースト最上位の前田くん。 アイドルみたいにキラキラしてて家はお金持ちっていう噂で生徒会長で更には優しい、って前田くんはどんだけ前世で徳を積んだんだろう。 「ありがとう前田くん。でも女の子に恥をかかせちゃったから、このくらいの罰は受けないと。今までと違って注目される事になっちゃって戸惑ってはいるけど」 「はは。まあマグロはちょっとアレだけど、巨根は自慢していいとこなんじゃん? 今度見せてよ」 「別に普通だよ。あはは」 前世で徳を積んだ前田くんは、僕が目立たなかった頃からちょくちょく声をかけてくれるイイ奴だ。こんなふうになれたら、僕も蓮くんに好かれるかもしれないのに。 これでまた僕は最下層組に転落するんだろう。別に構わない。できればもうそっとしておいて欲しいし、人に注目されるのは苦手だし。 「・・・って思ってたのにさあ! なんか逆にモテ期来ちゃってるんだけど!?」 「知らねぇよ! つーかお前、いったい何日泊まり続けるつもりだよ!?」 蓮くんのベッドに潜り込む僕は、彼のキックでゴロンと床に落ちる。 「痛い。ひどい。蓮くんが冷たい~。まだ4泊目なのに~」 「4泊だろ!早く鍵返せよ!」 「返してほしかったら自分で取り返しなよ。ほらほら、ココに手突っ込んでさ」 僕は自分の股間を指さす。 「く・・・っ、なんで俺がそんなとこ・・・!」 苦虫を噛み潰したような蓮くんの顔。 「できるわけないよね、蓮くんは僕が好きじゃないもんね。好きでもない男のチンコ触れないよねえ?」 「わかってやってんの悪趣味すぎんだよ、クソ陰険サディストが」 『クソ陰険サディスト』・・・。新たなあだ名をつけられてしまった。『巨根マグロ』よりはカッコイイ気がする。 数日一緒のベッドで寝てわかった。「ケツを開発しろ」と言っていたくせに、実は蓮くんは結構貞操観念が高い。 塩田家の合鍵は僕の陰茎に巻き付けてある、という嘘を鵜呑みにしている彼は顔を真っ赤にするだけで、僕のパンツにすら触れない。純情そのものだ。 それに反した敏感な体がものすごくエッチなんだよな~。と言っても容易に触らせてもらえないんだけど。 寝る時に抱きつくのを何とか許してもらえてるけど、それ以上のことは絶対にさせてくれない。 日曜だけは好きにしていい、と許可が下りたものの・・・正直、毎晩蓮くんを開発したいと焦燥して爆発しそうなんですけど。 コンドーム風船を投げた犯人から蓮くんを護りたいっていう当初の目的からどんどんかけ離れて行く。 好きかもしれないんじゃなく、僕は確実に蓮くんを好きになってる。 開発係のポジションから彼氏になるのにはどうしたらいいんだろう。 まずはこの人を僕に惚れさせなきゃいけないのに、その兆しは全く見えないし見出すこともできない。 吊り橋効果的なイベントでも どうにか起こってくれないもんかな~起こんないよな~・・・ 「オイ、床で寝るつもりか」 「ベッドで寝たいです」 なんだかんだ言っても構ってくれる蓮くんは優しい。前田くんにしても蓮くんにしても、イケメンってのはきっと心の清さが顔に滲み出てるんだと思う。 掛け布団を捲りベッドに膝を乗せた瞬間、コン と窓に何かが当たる音。 僕は咄嗟に窓を開けベランダから身を乗り出し辺りを見回す。けれどここから見渡せる範囲には誰もいない。さっきの音が気のせいには思えなくて足元を見ると、ベランダの隅に丸めた紙のようなものが転がっているのに気付く。 拾い上げてみると、小石を包んだメモ用紙なんだとわかる。 なんだろ・・・ 広げてみれば、くしゃくしゃになったそのメモ用紙には雑な字で『メスネコ』とだけ書かれていた。 「またなんか投げられた?」 部屋の中から蓮くんが聞いてくる。 「うん。紙なんだけど・・・」 窓に鍵をかけてカーテンを閉め投げ込まれたメモを蓮くんに渡すと、それを見た彼の表情が固まる。 「猫なんて飼ってないのにね」 「え・・・、たぶん、これはその猫じゃ・・・でもなんで・・・」 少し考え込んだ蓮くんは、僕の顔をじっと見つめてくる。 「なに? なんかついてる?」 「奏汰お前さ、ユカちゃんとやらに俺との事言った?」 「へ? 言うわけないじゃん。別れてくださいってひとこと言っただけだよ」 プライドの高いユカちゃんに、他に好きな人がいるなんて口が裂けても言えないよ。 「誰にも言ってない? 俺が男好きなのも」 「言わないよ。せっかくの二人だけの秘密の共有を誰かに知られたくないし。僕だけの特権を誰にも取られたくないし!蓮くんの可愛いお尻をほじるのは僕だけの・・・」 「あーハイハイ。ごめん、わかったわかった。もう寝るから」 熱がこもる僕の話は途中で打ち切られてしまう。 もお!蓮くんのお尻に対する情熱を最後まで主張させてよ~! 拗ねる僕に向けられた無防備な背中は、触って欲しいと言ってるみたいだ。 ・・・って都合良く解釈してしまう前に、ベッドに横になり僕は蓮くんを抱きしめる。 「ストーカーなのかな。大丈夫?怖くない?」 「・・・別に。気持ちわりーなとは思うけど」 「蓮くんが寝てる間に刺されちゃわないように、僕がバックシールドになってあげるから安心して」 「縁起でもねぇこと言ってんじゃねっつの。つかお前のストーカーなんじゃねーの? 帰ってくれた方が俺、安全な気がすんだけど」 「有り得ないよ僕をストーキングするなんて。ほら昔あったじゃん、家の前で蓮くんを取り合って女の子が大乱闘した事件。蓮くんって過激派女子に好かれちゃうから心配だよ」 「黒歴史掘り返すなら帰れ」 「嫌だ! 絶対帰らない! 蓮くんは僕が護るんだから!」 力いっぱい抱きつくと、蓮くんは呻き声を上げて僕の腕をタップする。 「おえっ、わか、わかったから! お前が危うくしてんだよ俺の命を! 大人しく寝ろよもー・・・」 「好きだよ蓮くん♡ おやすみなさい」 「・・・・・・」 返事は無い。今はそれでもいい。 蓮くんにこうしていることを許されてるだけで十分幸せだ。『今は』だけど。

ともだちにシェアしよう!