29 / 55
第29話 どうしちゃったの蓮くん 2
階毎に止まってその度に開閉するドア。その回数に比例して肉体にも服にもダメージを受け続ける僕。
タイミング良く(悪く?)誰にも遭遇せずに1階まで降り、僕は全ての階のボタンを押してまた蓮くんに口付ける。
・・・てかなんっで誰も乗ってこないしいないんだよ~! このホテルお客さんいないの!?
最上階に着く頃には蓮くんも僕も酸欠で肩で大きく息をしている状態。
「かな、奏汰っ、わかったから! もー、いいっ」
「はあ、はあっ、良くない! 誰か、ひとりでもいいから、僕と蓮くんのキス、見せたい!」
当初の目的とは変わってしまってるけど、どこの誰でもいいからとりあえずエンカウントしたい。
僕はもう一度エレベーターのボタンを連打する。
「もームリなんだって! こんなにくっついてんだから、わかんだろバカ!」
「わかるって何が・・・ あ」
太腿に当たる膨らみに気付いて目が合う。「う・・・」と恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向く蓮くん。この俯きはさっきのとは全然違う。
「むやみに外で、キスとかすんな」
「え、えっ、ちょちょ、蓮くん・・・」
ねえそれって、僕のキスで感じたってこと?
やらしい気持ちになってくれてるって事だよね?
とその時、開いたドアの向こうに20代くらいの男性の姿が見えて、僕は咄嗟に蓮くんをエレベーターの角に追いやり自分の背中に隠す。
チラリとこちらを見た男性は1階のボタンに指を伸ばし、全ての階のボタンが点灯していることに戸惑っている様子。
「あ、あは。エレベーター、調子悪いんですかね」
僕が言うと男性は「そうなんすか」と振り返る。
やば、話しかけなきゃよかった。えっちい蓮くんを見せたくないのに!
「具合悪そうなのに災難すね。大丈夫すか」
「ははははいぃ! 何度も止まるから、気分悪くなったみたいで! ホラ、フワッてなるから。フワッて!」
「ですよね。俺も下に着くまでに気持ち悪くなりそっす」
「ははは・・・」
知らない男性と笑い合う僕の心中は穏やかじゃない。
伸びてヨレヨレになったTシャツの背中を掴む蓮くん。が、こんな密室で知らない人の前で勃起しているなんて卑猥過ぎて鼻血が出そ・・・ じゃなくて!
とにかく早くエレベーターを降りないと。
蓮くんが泊まっている部屋より上の階にある僕の滞在している部屋がある階で男性に会釈をして、壁伝いにカニ歩きで蓮くんを隠しながらエレベーターを降りる。
すみません見知らぬお兄さん。各階毎に『閉』のボタンを押すことになってイライラさせてしまう僕の罪をお許しください。
誰もいないフロアを早足で通り過ぎ、蓮くんの手を引いて部屋へ入る。
「はあ、なんとか見られずに済んだかな。ごめんね蓮くん」
「ふっ、お前、見せたいんじゃなかったっけ?」
紅潮した顔で蓮くんが笑って、僕は『ずきゅん』と効果音をつけて胸を撃ち抜かれた気分になる。
かわいい。かっわいい・・・!
何が耐性だ、何が慣れればいい、だ。
蓮くんが同性との恋愛を普通だと思うようになったら、それこそ僕なんかに見向きもしなくなる。
蓮くんが僕の彼氏だって自慢したい。けど見せたくない。矛盾だらけだけでちぐはぐだ。
「なんかこの部屋、奏汰の匂いする」
「・・・へ?」
「なんとなくだけどな。何日も寝泊まりしてるからかな」
ドッカン と雷に撃たれたかと思うほどの衝撃。
僕の匂いなんて覚えてくれてたのかと思うと、嬉しいを通り越してもはや苦しい。
「蓮くん、もう、僕をどうしたいの・・・」
ああ、やっぱり誰にも見せたくない。関わらせたくない。
「奏汰、飯食い行く?」
「えっ、でも蓮くん勃っ、」
「もうおさまったつーの! あの状況で勃ちっぱだったら俺 変質者だろ!」
なーんだ。萎えちゃってたのか・・・。
「この辺ファミレスとラーメン屋かカレー屋くらいしかないよ?」
「別に俺はなんでもいいけど。なんか不満?」
ファミレスはこのビジネスホテルと提携していて教習所の合宿生は割引してくれるからみんなそこにいるだろうし避けたい。
かといってラーメンやカレーっていうのもなぁ。せっかく蓮くんとの外食なのに。
「いや、ほらムードとかあるじゃん。どうせならもっといいとこ行きたいっていうか」
「親から小遣い貰ってる身で何言ってんだか。まあ俺もバイト辞めたからお前と変わんねーけどな。ラーメンでいいだろ行くぞ、奢ってやる」
うう。僕だって貯金くらいあるんだからな。お年玉や小遣いを極力使わずに貯めて来たんだからな。
使わずにいたのに特に理由なんて無いけど、蓮くんとの未来のための資金だと思えば、堅実な過去の自分を褒めてやりたくもなる。
「蓮くん、僕に頼ってくれてもいいんだからね」
「はあ? ・・・ああ、うん。また今度な」
またワケのわからないことを、と言って蓮くんは僕をあしらう。
何だろう。想い合ってるって感じるのに、蓮くんはいつもどこか冷めてる。
僕の気持ちの方が何百倍も大きいのは知ってるけどそれだけじゃなくて、見えない拒絶の膜があるっていうか。
さっきもそうだった。
付き合ってまだそんなに経ってないのに、どうして蓮くんは僕の『次』の恋愛を考えるんだろう。
すごく寂しい。
ラーメンを食べに行ってからまた蓮くんの泊まる部屋に押しかけたけど、疲れが見える彼に無理はさせれなくて一緒に寝るだけにした。
ずっといてほしかったけど、「明後日は出掛ける用事があるから」と言って翌朝 僕と同じ時間にホテルを出て蓮くんは帰って行った。
永遠の別れじゃないのに僕は泣きそうになった。
免許を取ったら一番に蓮くんを助手席に乗せて海に行きたい。車は母さんのだけど。
早く教習が終わらないかなぁ。
8月中旬
自宅に帰った翌日すぐに普通運転免許を取得した僕は真っ先に蓮くんに見せたくて、免許センターから塩田家に直行する。
合鍵は持ってるけど、まだ夕方だったしおばさんが帰っているかもと思いインターホンを鳴らす。
『奏汰か。勝手に入ってくればいいのに。ちょっと待ってろ』
スピーカーから蓮くんの声がして、少ししてからドアロックが解除される音がする。
「蓮くーん! 見て見て、僕ようやく蓮くんに少し追い付いた、よ?」
ドアを開けると見覚えの無い男性が立っていて、僕がいない間に蓮くんは別人になってしまったのかと思う。
「こんにちは」
「こん、にちは」
蓮くんほどじゃないけど男にしては可愛い顔をしたその人が笑顔で挨拶をくれて、つられて僕も笑顔を作り挨拶を返す。
「あの、蓮くんは・・・」
「蓮ならリビングにいるよ」
「あ、はい」
というかあなたは誰ですか? 蓮くんとはどういう関係ですか?
聞く前に
「そんな怖い顔しないで。俺は蓮とはただの友だち。もう帰るから安心して」
と笑顔を崩さずに僕の肩をポンと叩き玄関を出て行く男性。
友だち・・・? 蓮くんに、姉ちゃん以外の友だちがいたんだ。しかも男。
僕が知ってる限りでは、蓮くんの周りに男の人がいたことは 数える程も無い。取り巻きは女ばっかりだったし、蓮くんは男からは距離を置かれてるって姉ちゃんから聞いたことがある。
軽く手を置かれただけの肩に残る感触がなんとなく不快だ。
リビングに入ると、ふたつのマグカップをキッチンカウンターの上に置く蓮くんが「よお」と僕の方を見る。
「一発合格?」
「うん。免許証貰ったんだ、見て」
「ホントだ。頑張ったじゃん、おめでと」
「うん」
傍まで来た蓮くんは、両手で僕の髪をくしゃくしゃにしながら撫でてくれる。
「ちょ、僕汗かいてるから汚いよ」
嬉しいけど、ベタベタで気持ち悪いとか思われたくない。
「今更だろ。もっとスゲーことしてんのに。汗くらいどーってことない」
「蓮くん・・・!」
そんなこと言ってくれるなんて嬉しすぎて感動するんだけど!
『スゲーこと』とはなんなのか、はっきり言ってくれたらもっと萌えるんだけどな!
「おばちゃんにも祝ってもらえるだろうけど、俺も何かご褒美やんなきゃな。・・・・・・・・・何がいい?」
聞いておいて恥ずかしそうな顔と、微妙に含みを持たせた間。
これはアレですか。「キスがいい? ハグがいい? それともセッ・・・」って解釈でいいですか!?
そんなの全部に決まってる。
けど久しぶりに蓮くんに会えたんだから、ゆっくりじっくりイチャイチャしたい。
今日の蓮くんはいつになく積極的だな。こんなふうにエッチな流れに持ってくなんて。
いつもなら僕がグイグイ責めるか、蓮くんが渋々、って流れがデフォなのに。
どうしちゃったのかな。もしかして離れてて寂しいって蓮くんも思ってくれてたのかな。
「じゃ、じゃあっ、とりあえずキスで! 蓮くんからの!」
僕は目を閉じて両手を広げて、彼が飛び込んで来てくれるのを待ち構える。
「えっ、キス? あー・・・えと。あー・・・、うん」
ん? なにその反応。
薄目を開けると挙動不審な蓮くんがいて、何かを吹っ切ったように頷き近付いて来て、気付かれないよう僕は目を閉じる。
ふに、と柔らかい感触が下唇だけに当たってすぐに離れる。
「ぅ、ちょっと外した。悪い、下手クソだよな」
「~~~! いい、いいんだよ蓮くんはそれで♡ありがと!」
「うぐッ」
力いっぱい抱きつく僕の背中を蓮くんが窘める。
「つかなに、キスって。俺、ケーキ何がいい、って聞いたのに」
「えっ!?」
テーブルの上を見ると、何種類ものケーキが入った白い箱がある。
「こういうのしたことねーし。すっげ照れるけど、お祝いだしいいかなって」
「あ、・・・あー・・・」
これは、完全に僕の勘違いってやつなのでは。
ともだちにシェアしよう!