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第30話 どうしちゃったの蓮くん 3

蓮くんが純粋に祝ってくれようとしてたのに、僕はなんて恥ずかしい勘違いを・・・。 「ごごごめんっ、決して蓮くんをヤラシイ目で見てるとかじゃなくて。いや見てはいるんだけど、まさかこんなことまでしてくれるなんて思ってなかったからっ」 早口で言い訳するのも情けない自分。 「いいけど別に、ヤラシイ目で見てても」 「いいの!?」 「いいも何も、付き合ってんだし、別に。それよかいっぱい買っちゃったし、おばちゃんにも持ってけよ」 「うん。ありがと」 蓮くんが優しい。嬉しい。 けど、さっき玄関で会った『友だち』と一緒にこのケーキを買いに行ったのかなって考えると嬉しさが半減する。 「あのさ、さっきの人と、友だちなの?」 気になる。 「ああ、うん」 「いつから? 蓮くん、今まで友達の影なんて全然無かったのに」 「てめ、地味に人が気にしてるとこ抉ってくんのやめろ。この前ゼミの飲み会でバーベキューやった時に話して、それからだよ。ボッチの俺をバカにしてんのか、おお?」 ケンカ腰の蓮くんが可愛い。 「バカになんて。それにボッチじゃないでしょ。女の子の取り巻きがわんさかいるって姉ちゃんから聞いてたし」 「やっぱバカにしてんじゃねーか。くそ音々のやろー、余計なこと教えてんじゃねえ」 拗ねる蓮くんはキッチンカウンターの中に入り、雑な手つきでマグカップを洗う。 僕が姉ちゃんにそう聞いたのは蓮くんたちがまだ高校生のとき。あれから何年か経ってるんだから、友人の一人や二人いてもおかしくはない。 それに僕だって蓮くんのこと言えないし。メガネ時代は、前田くん以外の人とは殆ど話したこともなかったから。 「あのさ・・・さっきの人、」 「ああ、五十嵐? なに?」 いがらし、っていうんだ。 まさかホモ、じゃないよね? 「んーん、やっぱなんでもない」 聞かない方がいい。蓮くんの友人にまで嫉妬してしまいそう、とか心が狭すぎる。 「・・・お前、五十嵐が気になんの? 男にしては可愛い、とか思った?」 「え、ああ、うん。確かに女顔だったよね」 「ふーーーん」 ガチャン、と大きな音を立てて、蓮くんは洗ったマグカップを逆さに置く。 「奏汰、ああいうのがいいんだ。ま、元々女が好きなんだし、俺みたいなのより五十嵐みたいな顔のがいいよな」 「僕そんなこと、ひとことも言ってないじゃん」 「言わなくてもわかんだよ。つーかあいつのことめっちゃ気にしてんのバレバレだから」 リビングスペースに戻って来た蓮くんは、ソファに片脚を上げて座り不機嫌そう。 僕が五十嵐さんに惹かれたとでも思ってるのかな。 絶対にありえないのに。 隣に腰を下ろしソファに立てた蓮くんの膝に手を乗せると、伏せられた瞳がその手を見つめ彼の無言の口元がピクリと動く。 蓮くんはわかりにくいようで実はすごくわかりやすいんだ。 そうやってうっかり拗ねた顔を見せられたら、もっともっと困らせてやりたくなる。 どんな感情でもいい。蓮くんの中が僕でいっぱいになって、他の何かが入り込む余地なんか1ミリも無くなればいい。 「正直 五十嵐さん? はすっごく気になるよ」 もしあの人が男にも興味ある人だったらって考えると気が気じゃない、って意味でだけど。 「・・・奏汰が気になるなら紹介してやるけど。あいつもゲイだし」 は!? 紹介なんてしてほしくもないんだけど! そんなことよりあの人もやっぱり 「ゲイなの!? それで蓮くんと仲良しなの!? 何それ、じゃあふたりとも男が好きで・・・一緒にいたら好き同士になっちゃうじゃん、今すぐ絶交してよ!」 友だちなんてダメダメ! あいつは危険だ。蓮くんを狙ってるに決まってる! 「絶交ってお前、小学生じゃねんだから。つか五十嵐、ウケ専だから俺とじゃ合わねーよ」 「でもでもっ、蓮くんは女の人ともヤッたことあるんでしょ。だったらあの人のことだって抱けるかもしんないじゃん~」 そんなのやだよ、あんまりだよ蓮くん。 ちょっと困らせてやろうと思っただけなのに、カウンターが強烈過ぎる。 彼氏の僕に男を紹介する、からの予想通りのおホモだちだなんて、K.O.くらって自力じゃ立ち上がれないほどの大ダメージ。 わかりやすい、は訂正。 蓮くんが何を考えてるかわかんないよ・・・ 「なんっで俺が五十嵐を抱くことになってんだよ。女とヤッてもリードもできねーし違和感しかなかったのに」 「僕だってそうだったよ! ユカちゃんにリードされっぱなしのマグロだったし!」 「嘘つけ。お前のどこがマグロだよ。エグいくらいガンガン責めてくんじゃん」 「それは相手が蓮くんだから! ホントはもっと責めたいけど、蓮くんがイヤイヤするからこれでもセーブしてるんだからね!?」 「おまっ、アレでセーブしてるとか!・・・マジかよ・・・」 青くなった後に一変して真っ赤に染まる顔。 蓮くんの膝に置いたままの手で脚を開くと、スウェットパンツの真ん中が少し膨らんでいる。 「なんで反応してるの。『スゲーこと』されてるの思い出しちゃった?」 「・・・うるせ」 「お尻、元気?」 「はあっ? 至って普通だよ、ふっつー!」 「そうなんだ。あんなに拡がってたのに、ちゃんと閉じるんだね」 「ぅ、拡がってたとか、言うな」 湯気が出るんじゃないかってくらい耳や首まで真っ赤になって俯く蓮くん。 アナルを開発しろと言ってきた人と本当に同一人物ですか? 「蓮くんのそんな顔見ちゃったら、セーブできなくなる。ね、ちょっとだけでいいからお尻見せてよ」 「てめーはセクハラオヤジか!」 「えー、いいじゃん。減るもんじゃないんだし。むしろ僕の一部は体積が増えるんだしー」 「クソきもい、マジなんなのお前。なんで俺お前なんか好きなんだろ・・・はあ」 いつもの蓮くんの溜息。でも僕への『好き』がたくさん詰まってるってわかるから それすらも愛しい。 「俺だけ脱ぐの、ズルい。お前も下、脱げよ」 「へ・・・。いいの? 僕いま、五十嵐さん消したいくらい嫉妬してるから、酷くしちゃうかもしれないよ?」 「ぅ、しちゃうかも、って思ってんならしないように気をつければいいだろ。俺だってあっちでヤッてから触ってねーし、こえーんだからな!」 自分でボトムスを脱ぎ捨てた蓮くんが膝の上に跨ってきて、僕の首に手を回し肩に顔を埋める。 ふえっ、ふえぇぇぇ! なにこれ。こんな暴力的な可愛さの蓮くん見たこと無い! 突き放す素振りをしたと思ったら甘えたりして、僕のことなんて何とも想ってない風なのにすごく想われてるって実感させられたり。 どうしたらこの人を独り占めできるか、僕以外に触れられない檻の中に閉じ込めておけるか、そんなことばっかりが頭に浮かぶ。 「蓮くん。僕さ、在学中に警察官の試験受けてみないかって先生が言ってくれて。もし受かったら蓮くんより先に社会人になるんだ」 「・・・なに、急に今そんな話。てかお前警察なんの?」 「うん、なりたい。だから、僕が高校卒業したら、結婚してくれる?」 「・・・・・・は?・・・けっこん? ぶはっあはは」 いきなり吹き出した蓮くんがお腹を抱えて笑う。 僕そんな面白い事言ったつもりないんだけど。 「なんで笑うんだよ。真剣な話なのに」 「ははっ、あは、ひ~・・・腹痛てぇ。お前なに、真剣て。男同士で永遠誓うつもりかよ、ありえねぇ」 「有り得ないことないでしょ。僕は蓮くんが好きだしずっと一緒にいたい」 「はっ、なに・・・何言ってんのお前。女とすらすぐに別れたお前が、男の俺と続くわけないだろ」 「そんなことないよ。ユカちゃんと蓮くんじゃ好きの重みが全然違うもん」 さっきまでのいい雰囲気が淀んだ空気に変わったのに気付いた僕は、なんとか挽回しようと、蓮くんの胸の辺りをTシャツの上から撫でる。 「やめろっ、触んな!」 僕の手首を掴んだ蓮くんが気まずい表情を浮かべる。 「あ・・・、違くて。奏汰が嫌とかじゃない。でもやっぱ今そんな気分じゃねえっつーか」 「え、うん・・・」 そんなの嘘だ。ついさっきまでの蓮くんは絶対に『そんな気分』だったはず。 急にどうして。僕が結婚してって言ったから? 付き合ってまだ短いのに、軽率だって思われた? 膝から降りた蓮くんは床に落とした下着を拾い上げて脚を通す。 ヴヴ、とポケットの中でスマホが震えて、母から『ご飯できたけど何時に帰る?』とメッセージ。 「母さんからだ」 間を置かずテーブルの上の蓮くんのスマホも震えて、 「俺も」 とトーク画面を見せてくる。 僕が不在だった間も母は蓮くんにしょっちゅう夕飯を付き合わせていたらしい。 「おばちゃん待ってるみてーだし、そろそろ行こーぜ。ケーキ持ってけよ」 「うん。あの、今日泊まりに来てもいい?」 「別にいいけど」 良かった。何となく断られる気がしたから。 蓮くんは僕が好きだと思う。 思うけど、それは僕と同じ『好き』じゃないのかな。 もし僕から手を離したとしてもきっと痛くも痒くもなくて、「別に」って言うのかな。

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