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第36話 お邪魔虫の退散 3
これはどうしたもんか・・・。
そういえば姉はこの再婚についてどう思っているんだろう。
僕は自分の部屋に入るなりスマホをポケットから取り出し姉にメッセージを送る。
すぐに既読になり着信音が鳴る。
「はい」
『はい、じゃねーよ。用があるなら電話しろよハゲ』
「すいません。忙しいかと」
『忙しかったらシカトするけど暇なら出るわ。なに』
「あのですね、母さんの再婚の話なんですけど」
相変わらず粗暴な言葉遣いの姉につい敬語になってしまう僕。
『あー、家に一緒に住むって話? いいんじゃない。私は賛成した。あんたもなんでしょ? 昨日からいるんじゃないの?』
「うん。いるっぽい」
『なにまさか、ママが盗られちゃった~、とか言い出す?』
「それは無い、けど」
『ああ、ラブラブで居づらいんだ?』
「まあ・・・」
『じゃあ蓮ちで住めばいいじゃん。言っといたげる。じゃ』
「あっ、姉ちゃん!あ・・・」
通話は終了している。
母が姉に相談してないわけないよな。きっと僕より先に再婚の話は聞いてただろうし。
蓮くんちって・・・既に半同棲しちゃってるから、今更姉がどうこう言っても変わらない気もするけど。
それにもう数ヶ月もしないうちに僕はこの家を出るのに。
着替えを済ませて、今日の分の下着とパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツをトートバッグに入れて部屋を出る。
「洗濯物出して行きなさいよー」
と母の声がして、脱ぎっぱなしにした服を取りにまた部屋へ戻ると、開いたままのドアをノックする音がして僕は振り返る。
「あ・・・」
タカシさん。
「奏汰くん、少しいいかい?」
「・・・はい」
部屋の入口でタカシさんが「本当にすまない」と頭を下げる。
「やっ、やめてください! そういうの!」
「でも、突然私みたいなのが来てお母さんを奪ってしまったから」
「そんな。思ってないですよ! そんな駄々を捏ねるような歳じゃありません。むしろ好きにやってくれって思ってるし」
昨日終わった話なのに改めてされるとめちゃくちゃ気まずいからもうやめてくれ~!
「それに僕、夜はお向さんちに毎日寝泊まりしてるんで。僕のことはほんっとに気にしないでください!」
「蓮くん、だっけ。奏汰くんの大好きな彼」
「はい!・・・・・・え、大好きって・・・」
「ふふ、知り合いにもいてね。君たちのような二人が。だから何となくね」
さすがはお金持ち。そんな知り合いがいるなんて顔が広い。
毎日顔を合わせてる母にもバレてないのに、一度会っただけのタカシさんに僕達の関係がバレてしまうとは・・・。
「お母さんには内緒にしておくよ。好きな人との時間は永遠に思えるけど限られてるからね。奏汰くんは私にその時間をくれたから、私もできる限りのことはしてあげたいと思って。なにか困ったことがあったらいつでも相談して」
「あ、ありがとうございます」
タカシさんはにっこり笑って階段を降りて行く。
『好きな人との時間は永遠に思えるけど限られてる』なんて・・・。
母もタカシさんも突然大切な人を失って終わりがある事を知っているから、今度こそできる限りの時間を愛する人と過ごしたいはずなんだ。
僕は、蓮くんとの関係に終わりがあるなんて考えたくない。でも、できる限り一緒にいたいって気持ちは母達と同じだ。
階段を早足で降りて洗濯物をカゴに放り込み、僕は塩田家へと走る。
二階にある蓮くんの部屋へと猛ダッシュして、まだベッドにいる蓮くん目掛けてダイブすると、「ぅぎゅ」と聞いたこともない呻きが布団の中から聞こえた。
「なに、朝から。マジやめろようざいし痛い」
もうお昼なんだけどな。
「蓮くんずっと一緒にいようね! というかいてください!」
「・・・いんじゃん、一緒に。五十嵐との約束よりも優先してんだろ」
「当然だよ。僕のが大事でしょ!?」
「・・・そういうので比べる対象じゃない」
そうかもしれないけどさ。僕だって少しくらい いちゃラブの関係に憧れたっていいじゃないか。
「ああ、そういえばさっきオカンから電話あって、おばちゃん達に新婚気分味わってほしいから、こっちで奏汰としばらく生活してろって」
「せ、生活!?」
「音々に頼まれたらしくて。飯とかも自分たちでやれってさ」
さすが姉ちゃん仕事が早い。
やった、蓮くんの作ったご飯食べれたりするのかな~。
「蓮くん、得意料理なに?」
「は? 作れねぇに決まってんだろ。お前は?」
膨らんだ期待はすぐにも萎む。
「僕も無理だよ・・・。あ、でも調理実習ならしたことあるし。カレーとか」
そうだ。蓮くんが作れなくても僕が作ってあげればいいんじゃん。
「僕、蓮くんの為に美味しいカレー作ってあげるからね!」
「・・・食えるもんならなんでもいい」
素っ気なく言ってるけど布団から出てる耳が赤くなってるの、見えてるんだぞ僕には。
なんですぐ照れて赤くなるの。
どうして素直に飛び込んでくれないの。
蓮くんを落とすのは、どんなRPGを攻略するよりも難しい。きっとひとつを見逃せばもう戻れなくてクリアにも辿り着けない。だとしても無理にでも辿り着いてみせるけどね!
熱を持った耳に口付けると、蓮くんは擽ったさに身を縮める。
「嬉しい? 僕が作ったものが蓮くんのお腹に入って細胞を作るんだよ?」
「・・・やめろ。心臓痛い」
ドキドキしてるってこと?
まだ食べてもいないのに、想像だけで喜んでくれてるってことだよね?
もお~、僕のこと大好きじゃん蓮くん!
「そうだ! 昼ご飯の買い物に行かない?」
「動きたくねえっつてんのに。まあ別にいいけど」
出たよお得意の「別に」が。
そういう所も可愛くて堪んないんだけど。
ツンデレ蓮くん、大好物だよ!
近くのコンビニへ行ってみるけど、今の僕が作れそうなものといえば素麺くらいしか売ってなくて、仕方なくそれと麺つゆを買って帰る。
「えーと水は・・・」
「茹でるだけなんだから適当でいいだろそんなもん」
蓮くんはペットボトルのミネラルウォーターをドバドバと鍋に注ぎIHクッキングヒーターの上に置く。
「沸騰したら麺入れるだけだろ。たぶん。これくらい俺がやるからお前は座っとけ」
「うん」
僕が作ってあげたかったのに。って言っても茹でるだけなんだけど。
キッチンカウンターを挟んで椅子に座って見ていると目が合って、大袈裟に逸らす蓮くん。
なんだか新婚さんみたい。妻の手料理を楽しみに待ってる夫の気分だ。
しばらくして蓮くんがあたふたと動き出して「どうしたの?」と聞くと「ザルがねえ!」と大慌て。
見つけた頃には目安のゆで時間を大幅に超えた素麺が鍋の中で煮立ってて・・・。
自分が知ってる素麺よりかなり柔らかくてコシが全く無いぬるぬるの麺を二人で無言で食べる。
「こんなはずじゃ・・・」
と蓮くんが呟いて、落ち込んでほしくない一心で僕は不味い素麺を胃に詰め込んだ。
「夜はカレーにしよう! 僕が作るから!」
「・・・任せたわ」
ああ~、落ち込んでる!素麺すらマトモに作れなかった自分に辟易してるよこの人。
「ねえ、やっぱり一緒に作ろっか、カレー。僕、蓮くんとふたりで作りたいな」
「でも俺、足引っ張るかも」
「大丈夫だよ。むしろ蓮くんにだったら足でも腰でもどこでも引っ張られたいから!」
「ふっ、奏汰が言うとエロいのにしか聞こえねーな」
「何それ。エッチの時引っ張ってんの僕の方なんだから、逆だろふつー。はは」
蓮くんが笑って、つられて僕も笑う。
何でもないくだらない会話なのに、蓮くんとだから幸せだ。
母やタカシさんも、ふたりでこんな気持ちになってるんだろうか。
こんな時間を過ごしてくれてたらいいなと、お邪魔虫の僕は心から思った。
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