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第38話 春の日 2
「してない、そんな顔」
「してたしてた。眉毛下げて目ウルウルにして、必死に声我慢してたけど口半開きだったし」
・・・ばっちりイキ顔見られてっし・・・、最悪・・・。
「奏汰に、俺の触ったとか言うなよ! 絶対に!」
「さあ~? タダじゃ黙ってらんないかもなぁ~」
涼しい顔で口笛でも吹き出しそうな五十嵐。
うう、クソ、絶対楽しんでやがる。そういう奴だよコイツは。
「・・・内緒に、シテクダサイ・・・」
「うーん、どうしよっかな? そーだ! ちょっと俺と遊びに行かない?」
「は、今から?」
時計を見れば22時近く。こんな時間から外に出て何すんだ。めんどくさ。
でもコイツを口止めしておかなければ、奏汰を怒らせるかもしれない。いずれ来る別れは覚悟しているつもりだ。でもそれはまだ先であってほしい。
「蓮が嫌なら無理にとは言わないけど?」
「行けばいいんだろ!」
どうせまだ春休みだし、奏汰もいないし時間の自由はある。
俺は着替えて五十嵐と一緒に家を出た。
元バイト先のスポーツジムがある通い慣れた駅前の飲み屋街。の一番奥、路地を横に抜けると賑やかな通りとは少し雰囲気の違う通りに出る。人通りは少なくはない、けど何だろう、何か違う・・・
「ここさ、俺みたいなのがよく来るとこ。蓮は初めて?」
「ここの通りは初めて来た。つか五十嵐みたいなのが来るとこって・・・」
そういえば、周囲を歩いているのは男だけ?
そうか、このエリアはそういう連中が集まる場所って事か。
「女の子同士もたまーに見かけるけど、適当な相手探してる男ばっかが集まる通りなんだよ。俺の遊び場ってこと」
遊び場、って、五十嵐はここで適当な男と出会ってその日限りのセックスをしてるってことだよな・・・。
男同士のセックスって、そんな簡単に割り切ってできるもんなのか?
「よお、れん~!」
背後から名前を呼ばれて、俺は振り返る。だけど、片手を上げて近付いて来る男性に既視感は全く無い。
誰、え、全然知らねぇ・・・
「この前はどーも」
呆然とする俺の横で、五十嵐がそいつに挨拶をする。
「何、れん、今日はエライ可愛いの連れてんじゃん。3Pでもする?」
「コイツはそんなんじゃ無いから。今日はちょっと飲みに来ただけ」
え、何、『れん』て五十嵐のこと?
そういや俺、五十嵐の下の名前知らないかも。もしかして同じ名前だったりすんの?
「また今度、一人でいんの見かけたら声掛けてよ。じゃあね」
バイバイ、と相手に手を振って俺の肩を抱いて歩き出す五十嵐。引っ張られるようにして俺も歩き出す。
「お前も、れん、っていうのか」
「あー・・・、ううん。俺さ、男5人兄弟の末っ子で、母親がどうしても女の子欲しかったらしくてさ・・・女みたいな名前なんだよね。佳廉 っていうんだ。」
「かれん・・・」
「そ。女なら可愛いかもしんないけど、男だとキラキラな感じすんじゃん。だからここじゃ『れん』って名乗ってんの。大学だと苗字でしか呼ばせないけどね」
確かに大学で五十嵐を下の名前で呼ぶ奴はいない。だから俺も自然と苗字で読んでたんだけど。
「お前でもコンプレックスみたいなのあったんだな」
「あるよ! 俺を何だと思ってんの、こう見えて繊細で傷つきやすいゲイなんだぞ~」
「・・・」
そうだよな・・・名前とかそんなんじゃないけど、俺だってずっと自分が普通じゃない事に悩んでた。今だってそうだ。奏汰に好きと言われても未来が見えないのは、何処かで諦めているからだ。
五十嵐が特定の相手を作らずここで遊んでるのも、きっとこいつも男同士なんて未来が無い、と諦めているのかもしれない。
もしかしたら五十嵐は俺よりも・・・
「ちょお! なにマジメに受け取っちゃってんの! ツッコむとこだろそこはー」
「ツッコんでほしかったら微妙な自虐すんなよ」
「はは、だね。とりあえず飲み行こ。蓮もう酔っちゃってるみたいだけど、愛されてるヤツは誰からも愛されない寂しい俺に付き合う義務があるんだからな~」
「だからツッコミづらい自虐やめろって」
あはは、と笑って不自然なくらい明るく振る舞う五十嵐。
普段から陽気で掴みどころの無いヤツではあるけど、今日はそれに輪をかけた感じっていうか。
俺は少しだけこいつの明るさに違和感を感じる。
「なあ、お前、なんかあった?」
「何かって? べっつに~? いつもこんな感じだよ」
嘘つけ。
心ではツッコんでもなぜか口にしづらくて、踏み込まないほうがいいのかもと思い、それ以上は聞かずに俺は普段通りにする事にした。
五十嵐に連れられて入ったのはバーカウンターしかない小さな店で、どう見ても男なのに『ママ』と呼ばれる人が一人でやっている店。
「こっちが れん、こっちも蓮なんてややこしいわぁ。あんたはそうねえ、蓮と書いてカワイイって読むのどうかしら」
なんだその本気と書いてマジと読むシステムは。つーか『カワイイ』って渾名なんて誰が喜ぶんだっつーの。
「ママ、じゃあこいつのことは『カレン』って呼んでよ」
「は!?」
「可愛いじゃないそれ! あんたはカレンに決定~」
「可愛いってさ、良かったなカレンちゃん♡」
ポン、と五十嵐は俺の肩に手を置く。
おい! それはお前の名前だろ!
わけわかんねえ・・・。別になんて呼ばれようがどうでもいいけど、名前が逆なのはさらにややこしい気がすんだけど。
「それにしても れんがこんな可愛い子連れてるなんて珍しいわね。自分と同じような前髪系じゃない。マッチョはもう飽きたの?」
「前髪系って?」
俺が聞くと、ママは「可愛い系ってこと」と答える。
「こいつはマジで友達なの。俺そんなマッチョ系ばっかだったかな? 自分より長身なら誰でも良かっただけなんだけどな~」
「と も だ ち !? あんたセックスフレンド以外の友達連れて来たの初めてよね!? んまあ、どうしちゃったの~、アタシ感動しちゃうんだけど!」
「ママ大袈裟」
両手で自分の頬を抑えて瞳を輝かせるママと、少し冷めたように見える五十嵐。
友達なんて五十嵐は大学でもいっぱいいる気がすんだけどな。いつもうるさい連中と一緒になって騒いでるイメージだから。
「なに?」
無意識にじっと五十嵐の横顔を見てしまっていた俺に、怪訝そうな顔をする。
「イヤ、お前誰とでも仲良いから。ちょっと意外だと思って」
「他のヤツら連れて来たってただ騒いで終わりじゃん。俺がゲイでも気にしないでいてくれてるしそれなりに付き合いはするけど、全部を見せれるわけじゃないから」
「全部って、俺には見せれんのかよ。・・・そうは思えねんだけど」
「・・・・・・・・・」
はあ、と何かを決心したように五十嵐が大きく深呼吸をする。
「ごめんママ、しばらくこいつと二人きりにしてくんない?」
「え、ああ了解~」
五十嵐の真剣な面持ちを察してママがカウンターの奥へと入って行く。
狭い店内には俺たちしか客はいなくて、流れるメロウな洋楽の曲間がやけに静まり返って変な緊張感に包まれる。
「・・・あのさ、これからする俺がする話聞いて、蓮がどう思うかわかんないけど」
「・・・・・・」
「終わったらさ、俺のお願い、いっこだけ聞いてくれないかな」
「まあ、俺ができることなら」
「できるよ。物理的な意味ではきっと」
「なら大丈夫だろ。・・・話って?」
ディタオレンジが入ったグラスを傾け、五十嵐が小声で「うん」と頷く。
「俺さ、5人兄弟だって言ったじゃん? で、そのうちの・・・2番目の兄貴が好きだったんだよね」
「えっ?」
「驚くよな、普通。ガッツリ身内だし血も繋がってるし」
「まあ・・・」
俺には兄弟がいないからよくわからないけど、奏汰が音々を好き、みたいなもんだよな?
・・・うーん、そらビックリだわ。
「俺の初めての相手って、兄貴だったんだ」
「えっ!?」
奏汰の童貞が音々に食われた、みたいなもん?
それは、さすがにヤバイな。軽く事件じゃん。
でも好きになるのに男も女も関係無いなら、他人も身内も関係無く想い合ってれば自然とそういう流れになってもおかしくないのかもしれないし。
「え・・・っと、その、兄貴も五十嵐のこと・・・?」
「まさか。兄貴にとってはただの暇潰し。ホラ俺、女みたいな顔してるし名前も女みたいだし、小さい頃は母親の趣味でスカートとか履かされてたしね。俺はパッと見女で、都合のいいオナホールだったんだよ」
そんな・・・
こんな時、なんて言ってやればいいんだろう。言葉が出てこない。
「俺が勝手に好きになっちゃったんだよね、兄貴のこと。ずっと片想いでも良かったんだ。兄貴に似たような男に抱かれてれば、たとえ偽物でも愛されてるって最中は思えたし。でも、はは・・・」
「五十嵐・・・?」
「結婚すんだって。女と。・・・それはさ、無くねえ? 俺は兄貴のせいで、男に突っ込まれなきゃ感じない体になっちゃったのにさ。自分はヘラヘラ笑って女と結婚とか」
「・・・・・・」
「抱かれた事しか無いから俺の思考が女々しいんだとしたら、タチに転向すれば俺もーちょいマシになんのかなって」
ああ、無力だ。友人が傷付いて無理に笑ってるってのに、俺はかけてやる言葉ひとつも浮かばない。
「なあ、蓮。俺のお願い聞いてくれるって言ったよな」
「えっ? ああ、うん」
俺ができることならだけど。
「俺、蓮を抱いてみたい」
え・・・・・・。え、でえっっ!?
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