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第39話 春の日 3
お、俺を抱いてみたい・・・って言ったか、いま。
「ふざけんのもいい加減にしろって。もう酔ってんのかぁ?」
ちなみに俺はお前が家に来る前から酔っ払ってるけどな。
「こんなんで酔えるわけないじゃん。・・・あと、ふざけてるように見えるならもう一回、ちゃんと言う。俺は蓮を抱いてみ」
「あ~もういいって!」
頼むからふざけててくれよ、いつもみたいに!
なんて願いは虚しいほどに五十嵐の表情は真剣で思い詰めてて。
本当に兄貴のことが好きだったんだろうと理解でき過ぎて、こっちまで苦しくなる。
五十嵐の姿は、きっと未来の俺の姿だ。
ノーマルの奏汰が現実を見た時、俺から離れた時、きっと俺は今の五十嵐と同じ顔をする。
セックスする相手は誰でもいいって言う五十嵐が、俺を抱きたい理由はわからない。
けど、『誰でも』良くない理由がきっとある。
「お前さ、タチやった事ねんだろ? 初めてが俺、なんかでいいのかよ」
「・・・蓮ってやっぱイイ奴だよね。うん。俺は蓮がいい」
ふ、と五十嵐の表情が緩む。無理に作った笑顔じゃなくて俺はホッとした。
誰だって初めての事には勇気がいる。辛いことから一歩踏み出すには覚悟がいる。俺にそれを頼むのは、それだけ信用してくれてるって事かもしれない。
けど待てよ。もしこいつとヤッたらもう友達じゃなくなるってこと? たぶん今までみたいな関係じゃいられないよな? それはなんか嫌だな。
「あのさ確認までなんだけど、お前、俺の事、恋情的な意味で好きじゃないよな?」
「・・・」
「友人として、俺を頼ってくれてるんだよな?」
「・・・・・・・・・うん」
ちょっと待てい!
なんだよその間は! やめろ、意味深な間を作んのは!
「あの、五十嵐。俺こういうのよくわかんなくて。恥ずかしい話 ちゃんと好き合ってる恋愛したのも奏汰が初めてで・・・。とりあえず今は奏汰と付き合ってるし、五十嵐とすんなら奏汰の許可がいると思うんだよな。だから・・・」
「はあ? バカなの蓮。浮気すんのに彼氏の許可とるヤツがどこにいんだよ」
えっ!?
「ううう浮気!?」
「普通に考えてそうでしょ。なに? 友情でセックスしようって思ってんの!?」
「は・・・、それじゃダメ、なの・・・?」
だって俺は奏汰が好きだし、きっと五十嵐とヤッてもそれは変わらない。五十嵐は良い友人だと思ってる、それもきっと変わらない。
つーかオナニーを不本意ながら介助されたことを黙ってるのだって心苦しいのに、セックスするのを奏汰に内緒になんかしておけないだろ。今はまだ一応、彼氏なんだし。
「有り得ねー・・・。マジ、蓮ってピュア通り越して天然の上を行く世間知らずだよな」
「褒め、られてはない?」
「貶してんだよ、激ニブか! ちょっと来いよ! ・・・ママ、俺たち帰るから。飲み代ここ置いとくし今度お釣りちょーだい」
「りょーかい~」
俺の腕を掴んだ五十嵐はカウンターに一万円札を置いて店を出る。
「釣りはいらないとか言わねんだ」
「は!? カクテル2杯頼んだだけだろ。飲み代より高いチップ払うほどカッコつけてらんねーわ」
早足で歩く五十嵐に引っ張られて、酔いが回ってる俺はだんだんと足がもつれてくる。
どこを歩いてるのかもわからなくて、体重のほとんどを五十嵐に預けながら何とか歩いて、突き放され倒れたと思ったら思いの外柔らかい感触に受け止められて、俺は身を預ける。
サラサラで気持ちいー・・・。なんか、シーツみたいな触り心地。このまま寝落ちそ・・・
「自分を抱きたいって言った男の前で寝るの? 酔っ払ってるといつも以上に無防備なんだ」
「んー、むぼ・・・? なに?」
「隙だらけって言ったの」
ギッ、と短い高音がして身を預けている地面が歪む。
「蓮てさ、何なの? 」
何なのって、何なんだ?
てか今気付いたけど、ここってベッドの上? つーことはホテルか五十嵐の家ってことで、こいつが言ったのはやっぱり本気だったってこと?
頭の中が疑問だらけだ。霞がかった頭じゃその疑問ひとつひとつに上手く答えが出せない。
でも、もし五十嵐に助けが必要で俺ができることだったら、友人としてできるだけ何かしてやりたい。
「・・・ヤるんだろ。さっさとしろよ」
奏汰には後で言おう。それでもし別れる事になっても、遅かれ早かれそうなるんだから仕方ないのかも。五十嵐のように辛そうな顔を誰かに晒すくらいなら、早い方がいいのかも。
寝転がる俺の上で四つん這いになった五十嵐が見下ろしてくる。
けどそれ以上近付いて来ない。
「五十嵐ウケしかできねぇんだろ。ヤケになって無理すんなよ」
「・・・違うよ。自分でも驚いてるけど、蓮をめちゃくちゃに犯したいって思ってる。でも・・・」
「だったらしろよ」
「・・・ムカつく」
は・・・? 俺に? なんで?
「お前さあ! もっと自分大事にしろよ!」
へ・・・? なに、なんでいきなり怒ってんの?
「別に、俺男だし。ケツの心配してんなら、奏汰のデカチンも入るから安心しろって」
「そういうことじゃねえだろ! 俺が蓮に本気で惚れたらどうしてくれんだよ!」
「惚れ? え~それはねぇわ。だってお前のが顔カワイーじゃん」
「はあぁぁ・・・」
聞いたことも無い大きな溜息を吐いて、五十嵐は俺に覆い被さる。
「重っ、おま・・・結構体重あんだな」
「あーもお、蓮と話してたら毒気抜かれる。マジ何なのお前」
何ってただのゲイ(20)ですけど。
「・・・ヤんねーの?」
「・・・したい。けど、我慢するわ」
「なんで?」
「さあ。・・・・・・蓮のこと、可愛いって思ったからじゃねーの」
なんだそりゃ。
「しないけど、しばらくこのままいていい?」
「別に、いいけど」
いや重いな。やっぱりよくねえ。
けど・・・
腿の付け根に当たる五十嵐の昂りに気付いたら、本当にヤりたいけど我慢してるとわかって何だか無下にもできない。
「俺、蓮に謝んなきゃ」
「いいよ別に。結果セックスしないんだったら浮気になんねーだろ。思いっきり当たってっけどな」
「それじゃねーし」
ゴロンと横に転がった五十嵐に無理矢理 腕枕されて向き合わされ、正面から抱き枕にされる俺。
抵抗はしない。何故なら酔っ払っててめんどくさいから。
「結構前になんだけど、兄貴がさ、職場でやっちゃいけないことやったんだ。それがバレて辞めさせられたんだ」
突然何の話だよ。思いつつ黙って聞く。
「そのきっかけ作ったのが塩田会計事務所だった」
え、親父達の会計事務所じゃん。
「まあ不正してた兄貴が悪いんだけど・・・。俺はその時高校生で、兄貴が好きで好きで堪らなくて。逆恨みってやつで、頭に血が上って夜中に事務所荒らしに入ったわけ」
「はあ!? じゃあ、アレはお前が!?」
「警報も鳴って、防犯カメラにもバッチリ撮られてたと思う。でも警察に突き出されなかった。俺が制服だったから、蓮の親がそうしなかったんだと思う」
「まあ、盗られたもんも無いって言ってたしな」
「俺は、捕まっても良かった。むしろそうなればいいって。そしたら兄貴はきっと自分のために罪を犯した俺を気にかけてくれるだろって。その頃俺さ、体もどんどんデカくなってパッと見女じゃなくなって、兄貴に相手にされなくなってたから」
「そ、なんだ。でもそれを俺に謝られても・・・」
「蓮に謝んなきゃなんねーのはここから」
前フリが長えよ。そんでずっとぎゅってされてるから苦しい。
「兄貴へのどうしようもない想いがねじ曲がってた俺はその事務所の代表の息子に目をつけたわけ。コイツに八つ当たりしてやろうって。でもお前やたら強そうなプロレスラーみたいなの連れてるし、いっつも女に囲まれてるし、飲み会は参加しねーしでなかなか近付けなかった」
プロレスラーって、音々のことか。
「会計事務所の息子なら、そっち系に強い大学行くだろうって思ってヤマ張って受験したらビンゴで。で、蓮と同じ大学に入ったの」
「おま・・・それもう軽くストーカーじゃん」
「まさにそう。大好きな兄貴の人生滅茶苦茶にできねーから、お前で憂さ晴らそうって思ってた。ノンケならガンガン犯してメス落ち、恋人いんなら奪ってボロボロにしてやろう、とか色々考えてた」
おい、おもっくそとばっちりじゃん俺。
「でも実際蓮に近付いてみて、なんか・・・できねえなって。奏汰はガード固いしお前しか見えてねーし、お前はお前で純粋っつーか」
「いや俺ピュアじゃねえぞ。元バイト先の人にも1回突っ込まれてっからな。それも八つ当たりだったけど」
てか俺ってこんなんばっかじゃね?
奏汰あいつもしかしてサゲチンか?
「俺も勢いで抱けばよかった。けどもういい。蓮が可愛いから、もういい」
背中に回った五十嵐の腕が、肩にくい込む指が、強くて痛くて「うっ」と声が出る。
「ごめんな」と五十嵐は何度も言ったけど、結果的に俺たちは何にも無かったし、俺は怒りも何も湧かなかった。
ただ、こいつが兄貴の事をフッ切れる日が早く来ればいいな、と思った。
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