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第47話 S男vs女王様 2
「それにしても、れん が遊ばなくなったなんて大事件よ~。女王様の引退にこの界隈のタチ連中が泣いちゃうわね~」
「大袈裟だよママ。俺そんなに需要無いって」
何故か『れん』と呼ばれる五十嵐さん。疑問が浮かぶ僕に、蓮くんは「あだ名だから気にすんな」と耳打ちしてくる。
そんな僕達を余所に、前田くんが食い気味にママと五十嵐さんの話題に入る。
「五十嵐さん女王様って呼ばれてるんですか?」
「そうよぉ、こんな可愛らしい顔なのに長身で鍛えられた体でしょ? モテるのは当然で相手も取っかえ引っ変え。バリウケなのにSっ気があるらしくて、それが“女王様”って言われる所以かしら」
「恥ずかしいからやめてよ、しばらくはウケする気も・・・つーか誰ともセックスする気になれないんだよなぁ」
五十嵐さんは隣に座る蓮くんをじっと見つめる。
見つめられてる本人は気付いてないみたいだけど、その隣にいる僕はバッチリその熱視線に気付いてますよ!
やっぱりこの人油断できない。遊びならまだしも(イヤ良くはないけど)五十嵐さんに本気を出されてしまったら僕なんかじゃきっと太刀打ちできない。
五十嵐さんが『ウケする気になれない』のは、きっと蓮くんが抱かれる側だからだ。
ただの嫉妬が焦りと不安に変わっていく。
そんな中、
「俺もSっ気あるんですよ。五十嵐さん、一度どうですか?」
「「えっ!?」」
前田くんの突然の申し出に、僕と蓮くんは同時に驚声を上げる。
「へえ、直球だね。でも俺、どうせヤるなら思い通りになるタチのがいいな。前田くんみたいなのはちょっと」
「あー、もしかして自分のMっ気引き出されるのが怖いんですか? 過去にトラウマでもあるのかな?」
「・・・まさか」
「だったら勝負しませんか? 最近つまらなかったんです。媚びたマゾ気質の相手ばかりだったんで」
「で、違うタイプで遊んでみたくなったんだ? 残念だけど俺年下は嫌いなんだよね。色々と面倒だから」
「ああ、その点は心配ありませんよ。俺も面倒臭いのは嫌いなんで。それとも相手が年上でなければならない理由でも?」
グラスを持つ五十嵐さんの手が一瞬止まる。
「はは・・・、変な勘繰りはやめろよ。好きな人がいるだけだから。悪いね前田くん」
「その人に振り向いてもらえる可能性、あるんですか?」
「んー? 今のところはない、かな」
「だったら」
席を立った前田くんは、五十嵐さんを背後から抱き締める。
「縛って犯して、そういう虚しさとか全部吹っ飛ぶくらい気持ちよくしてあげますよ」
「・・・っ、」
五十嵐さんが言葉を詰まらせる。
ま、前田くん、急にどうしちゃったの・・・?
いや、よくよく考えれば急にじゃないのか。ストーキングしてコンドーム風船投げつけて他人の家に上がり込んでガムテ拘束した僕達を犯そうとしたくらいだし。
「は・・・、いいよ。相手してあげても。そのクッソ生意気な根性叩き直してドMにしてやろーじゃん。ママ、これでこいつら飲ませてやって!」
五十嵐さんは引き攣らせた笑顔で万札をカウンターに叩きつけると、前田くんを引き摺って店を出て行く。
呆気に取られた蓮くんと僕は、二人が出ていったドアを無言で眺める。
「んもぉ、れんったら負けず嫌いなんだからぁ。地雷踏み抜かれ捲って煽られちゃったわね~。れんの奢りだしあんた達はゆっくり飲んでって」
「あ、俺らは自分で出しますんで。釣りはあいつが今度来た時に返してやってください」
カウンターに残されたグラスを下げるママに蓮くんが言う。
「あらそお? かしこま~。それにしてもあの前田くんて子なかなかやるわね。れんがあんなに押されちゃうなんて。ふふ、どっちが勝つのかしら~」
ルンルンと楽しそうなママ。
僕も早く蓮くんと二人きりになりたかったけど、初めての大人の空間をもっと堪能していたい気持ちもありしばらく店に留まることにした。
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BAR beard(顎髭)を出た五十嵐と前田は歩いて数分もかからない三軒隣のサウナ店へと入る。仮眠室が何室か設置されていて、ここはゲイの出会いの場であり、そういう行為を黙認している場所でもある。
「安っぽい部屋ですね。いつもこんな所で?」
「うるせえ。さっさと脱いで脚開けよ、チンコ咥えてやるから」
トップスだけを脱ぎ捨てた五十嵐にベッドに座るように突き押される前田。
「即物的なんですね。雰囲気作りも大切だと思うんですけど」
「要はヤリたいだけだろ。面倒なのは嫌いだっつってんじゃん」
「ヤリたいだけじゃありません」
「だったらベッドに括りつけてやろうか? 新しい扉開いてやるよ」
しゃがんでベッド脇の小さな棚を開ける五十嵐。
「サウナなのにこんなのも置いてあるんだ。親切ですね」
不意に後ろから伸びて来た前田の手に掴みかけた革製の手錠を取り上げられてしまう。
「あっ、てめこら返せ!」
「五十嵐さん隙だらけ。本当に女王様なんて呼ばれてるんですか?」
「こういうの久しぶりだから油断しただけだ! それお前につけてやるからこっち渡せ!」
「俺だけがするのは不公平でしょ。お互い片手ずつつけませんか?」
前田は五十嵐の前に右手を差し出す。
身長も体格も似てる、力の差もきっとそれ程ないはず。前田はグラスを右手で持っていたから、利き手が不自由なほうが不利だ。隙があるのはお前のほうだろ。
五十嵐は前田の提案を飲んで、差し出された右手首に皮のベルトを巻き、自分の左手を差し出す。
ベルトの内側には柔らかいボアが付いていて合皮の冷たさは感じない。それなのに、手首を覆われた瞬間背中がゾワリと寒くなる。
拘束される行為が実の兄とのセックスを思い出させたからだ。
違う。俺はもう大丈夫だ。あれから散々他の男で憂さ晴らししたし、今は蓮のことが好きだ。
俺は過去に、囚われてなんかない。
「顔色悪いですけど大丈夫?そんなに怖がらないでください。怪我とか絶対させないんで」
前田が手錠のチェーンを引いて五十嵐を抱き締める。
「そういうのいらねんだよ!」
突き放す五十嵐の手を引いてもう一度腕の中に閉じ込めると「なるほど」と呟き、五十嵐の背の後ろで自分の手首のベルトをこっそりと外す。
「いらねっつってんだろ・・・って、あ・・・」
しまった。
と思った時には既に両手首に皮のベルトが巻かれている。30センチほどの長さのチェーンを左右に引っ張ると冷たい金属が腰に当たる。
「は、外せよ!」
体を捩る五十嵐の後頭部に手を回し口付けると、服の上から重なる素肌の胸が大きく脈打っているのを感じる前田。
「うぅ、・・・ゃ」
「Sっ気あるフリをしてるのはなんで? 思い通りになる相手がいいのは、優しくされたことが無いからですか」
「お、まえに、関係無い・・・」
「好き勝手にされるのが怖いんですか。だから主導権を?」
「うぜえ質問ばっかすんな! 俺は好きでやってんだよ!」
「じゃあ質問は一旦やめます。今は俺だけを見て」
「バッカじゃねえ? 誰がお前の言う通りになんか」
「ビビってないで、いいから見ろよ」
嫌だ。こいつの言いなりになりたくない。
こいつは俺の深い部分まで見ようとしてくる。臣兄を思い出すことより脆い自分を晒すことのほうが、俺は怖い。
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