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第8話 疼く傷 弐

「夕(ゆう)とお呼びください」 桜の樹の青年はそう名乗った。白く薄い肌襦袢姿がなまめかしい。 長い髪をまとめて上げたうなじが、抜かれた衿と相まって、色気を醸し出していた。 夕は滑るように俺のそばに寄った。近づくと、俺よりも頭ひとつ小柄なのが分かった。髪から、いい香りが漂ってきた。香を焚いたような香り。 ネクタイの結び目をするりと解かれた。 もう始まっているということか。 俺は身を任せることにした。 夕は、マッサージでもするような手つきで、ワイシャツとスラックス、靴下を脱がせた。 男とはいえ、本当に美しい人間がいるものだと感心した。 肌襦袢から透ける乳首は薄赤く、女のようだ。下着をつけていないのか、後ろを向くとしっとりと透けた尻のラインが浮き出ていた。 気づけば俺は、夕の手に服を脱がされながら、興奮しはじめていた。 下着を脱いだとき、俺は少しでも自分のそこに反応があればと期待したが、まだ何の変化もなかった。 そこには触れもせず、夕は思ったよりも広い洗い場に俺を促した。 用意された椅子に腰掛けると、夕は適温の湯を俺の肩から静かに掛けた。 身体を充分に温め終わると、石鹸をたっぷりと泡立たせて、素手で俺の身体を洗い始めた。 後ろからハグするような体制で、背中から腕、首の後ろ、脇を洗う。 夕の身体を背中越しに感じる。 肌襦袢が濡れるのも気にとめず、夕は丁寧に俺の上半身を洗い続ける。 夕は俺の前に回り、膝を折った。 肌襦袢は濡れてぴったりと身体に貼り付いている。湿度のせいか、頬が赤 い。両足の間のそこも透けていて、俺は童貞のように心臓が跳ねる音を聞いた。 小さく、失礼しますとつぶやくと夕は、俺の胸に手を伸ばした。 夕の指先は触手のように淫らだった。 洗っているだけだと思っても、その動きにいちいち振り回される。勝手に声が出てしまって焦ったが、そもそもここはそういうところだ。開き直ったほうがこれから楽だろう。 夕の手が股間に到達したとき、流石に腰が戦慄いた。泡で包み込むように撫でさすり、時折根本をきゅっと握られる。 その時気づいた。 甘勃ちしていた。 それを知ってか知らずか、夕は巧みに指を動かし、完全に勃ちあがるまで愛撫し続けた。 「うあ……」 夕は泡だらけの俺の身体に湯を掛けた。 泡が無くなっても、俺のそこは勃ちあがったままだった。 1年近く見たことのない光景を呆然と見下ろしている俺に、夕は湯船に入ることを促した。これをどうしようかと一瞬躊躇したが、そこはプロだ。任せることにした。 湯船に浸かると、夕は微笑しながらこんなことを聞いてきた。 「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」 「え…ああ、うん」 中途半端な返事をして、バスタブの中で慌ててスペースを空けた。 改めてこの色っぽい夕が、至近距離で湯に浸かることに、興奮が収まらない。ひさしぶりに機能している自分自身に血液が集中して、痛いほどだった。 濡れて透けた肌襦袢を脱ぎ、夕は一糸纏わぬ姿を俺の前に晒した。 彼の性器のまわりは剃毛されていた。大人の男のその姿は、あまりにも卑猥だった。そして夕のそこが甘勃ちしていることに、安心感があった。この美しい青年も、俺と同じ男なんだと。 片足ずつ湯に脚を浸し、肩まで湯に浸かると、夕は指の先で後れ毛を上げた。ちらりと視線を俺に投げた。何も言わず、誘うような表情で微笑した。 「寄らしていただいても…?」 俺の許可を待たずに、夕は近づいてきた。四つん這いですぐそばに来て、耳たぶにキスをされた。そして、俺のそこを再び夕の掌が包み込んだ。 遠慮なく夕の手が上下に動き出して、水面が激しく揺れはじめた。 「湯の中にどうぞ」 夕に促され、我慢が効かなくなった。 「んんっ…う…」 湯の中で射精した。心臓がとんでもなく激しく打って、本気で死ぬかと思った。 実際、そこから先をあまり覚えていない。 気がつくと、天蓋つきのベッドの上にいた。 ガウンを着せられ、身体も濡れていない。 心地よかった。どのくらい眠っていたのかわからないが、いろいろすっきりしている。 上半身を起こすと、まるでタイミングを合わせたように扉が開いた。 「お目覚めですか、日比野さま」 陽が、水の入ったガラスの瓶とグラスを持ってベッドサイドに近づいてきた。 水をなみなみと注がれたグラスを受け取り、一息に飲み干した。 落ち着くと、急激にあることを思い出した。 俺は確か陽に、君が俺の相手なのかと聞いた。しかし、その前に夕の手で勃たされ、果てた。これで終わりでも、俺的には充分だった。勃つことが分かればいいのだ。 しかし、陽は意外なことを言った。 「申し訳ありません」 「え…?」 「日比野さまのご要望を伺うまえに、このような…」 「い、いや、俺は…むしろ、満足してるんだ」 陽は軽く首を傾けた。俺は詳しく話すことに抵抗を感じたが、せっかく治ったのだから、礼の意味も兼ねて話すことにした。 「離婚して…EDになった。何をしても治らなくて…ここのことを聞いて、賭けてみたんだ。…ゲイだってことも隠してきたし、ここで治らなければ、性癖もろとも隠し通して生きていくつもりでね」 陽は真顔でみじろぎもせず聞いていた。夕の姿は無かった。 「でも、勇気を出してよかった。ちゃんと機能したから、本当にありがたいと……」 「日比野さま」 陽が、ベッドに手をついて、顔を近づけてきた。 キスが出来るぎりぎりの距離で、陽は妖しく囁いた。 「まだメインディッシュをお召し上がりになっていらっしゃいません」 「メイン?」 「完全な状態でお帰りいただきたいのです。日比野さまが何もしなくても…ひとりでに勃つようになっていただかなければ、こちらに来ていただいた意味がありません」 「それは…」 「日比野さまのご要望どおりにさせていただきます。何なりとご指示を」 確かに、AVを見ようと何をしようと、いざという時全く反応しないのでは困る。 高額な一晩の対価を考えても、陽の言うとおり、完全に治るまで楽しんでいくのもいいかもしれない。 俺は、やってほしいことを全て陽に伝えてみた。 陽はにっこり微笑んで、承知いたしました、と答えた。 すると、やはりタイミングを合わせたように扉が開き、夕が姿を現した。 夕は、女性が着るような華やかな桃色の花模様の描かれた、紫色の着物を着ていた。

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