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第15話 あなたの記憶 壱

常宿になって2年。 日本に戻る度に訪れる、「臥待月」。 そして、変わらず迎えてくれる娼夫。愛人契約に首を縦に振らない、生意気な男。 たかだか見目のいい23、4の若造が、高級娼館で客を取っている。 会う度に気持ちをかき乱される。 常連になってもやはり、一晩しか予約を取らせないこの宿を、いつもの時間に訪れた。 小さな灯り。変わらない、大きな桜の樹。 その桜のしたに、俺の送った緋色の着物と黒に金糸の帯を締めた姿で待っている。 「大瀧さま、お待ち申し上げておりました」 生温い夜風が、桜の枝を揺らす。 「陽(あき)。よく似合う」 屋敷に入る前に、陽の体を引き寄せ、乱暴に唇を奪う。 「…大瀧さま…どうぞ中へ…」 さらに強く抱き寄せようとするのを押しとどめられた。いつものことだ。 「……ふん」 仕方なく、屋敷の中に足を踏み入れた。 俺が訪れる日は、決まって白い薔薇を至るところに活けてある。 仲介人に準備するよう指定され、大きな花束にして持って行ったところ、陽が目をぱちくりさせたのが、ことのはじまり。 この宿は、指定されたものを提示しないと、予約していても受け入れてもらえない仕組みになっている。オーナーの意向により、趣を何よりも大事にしているらしい。 二回目に訪れたときは、一輪だけ持って行った俺を、逆に屋敷中の白薔薇が迎えてくれた。それから何度訪れても、必ず薔薇が活けてあるようになったのだ。 「本日はこちらのお部屋をご用意させていただきましたが…」 襖を開けて、陽は広い座敷を案内した。豪華な夜食と酒が用意されているのが見える。その奥の襖は閉まっているが、布団が敷いてあるのは分かっている。 「ああ…ここでいい」 俺は先に入り、背広のジャケットを脱いだ。 ワイシャツ姿になった背中に、陽の手が添えられたので、すぐに抱き寄せた。 唇を塞ぐと、今度は抗わない。後ろ手に襖を閉めると俺の背中に腕を回してくる。着物の合わせ目から胸に手を差し入れると、びくんと戦慄く。 「大瀧さま…お夜食は召し上がりませんか?」 「夜食より、こっちだ」 俺は陽を奥の襖の向こうに連れて行った。 ネクタイを外しながら、陽を布団の上に組み敷いた。緋色の着物の裾がめくれ上がる。 「今日は…急いていらっしゃる…何かございましたか」 仰向けで俺を見上げて、陽は微笑んだ。いつもなら食事をして、酒を少し飲んでから布団に行く。 しかし、今日は一分も惜しい。俺は陽の襟を大きく両側に開いた。白い胸に口づけると、陽が吐息を漏らした。 陽は、本来タチであるところを俺の要望に応えて自らを抱かせる。聞いたことはないが、おそらくほとんどタチで客を取るはずで、俺は特別な部類らしい。ここ「臥待月」には、一度抱くと離れられなくなるともっぱらの噂の夕(ゆう)という娼夫がいる。ネコが良ければ彼を望むべきなのだが、俺は最初から陽を選んだ。 俺は、タチを無理矢理抱きつぶしてネコにするのが好きだった。 いままでそうやって、何人も自分の物にしてきた。 陽は、一目見て気に入り、このきれいな男を泣かせて自分のものにすると決めた。簡単だろうと、高をくくっていた。 それが。 一度寝ただけで虜になった。 虜にするつもりが、すっかり俺が骨抜きにされている。 自分の息子ほどの年齢の陽は、泣くどころか、俺を手玉に取ったのだ。 「おい、陽」 「はい?」 帯を解かないまま、襟と裾を大きく左右にくつろげた状態の陽は、俺の背中に腕を回して応えた。 「返事は…考えたか」 「…そのお話でしたら先日も…」 「陽」 陽の唇に口づけて、帯を解いた。 「俺は本気で言ってるんだぞ。何が不満だ」 「不満なんて…」 陽の脚を持ち上げて膝の裏にキスをする。脛に舌を這わせてやると、あまり声を出さない陽が、わずかに喘いだ。 「俺の愛人になるのがそんなに嫌か」 「…僕は…ただの娼夫です。大瀧さまに愛していただけるような立場では…」 「そんなつもりはないくせに、白々しい…」 脚の間で昴ぶるそこを口に含む。剃毛されているから、赤く充血しているのが白い肌に映えてなまめかしい。陽は少し高い声を出して、目を閉じる。 普段、男を抱いて悦がらせている陽を支配するのは、気分がいい。 だが、それも今日まで。 喉の奥まで陽を飲み込み、強く吸う。脚がびくついた。 「んっ…く…っ…」 一度だけ抱いたことのある夕は、陽とはまた違った。 艶やかで淫らで中性的な、男の嗜虐的な部分を引き出す夕。 陽はもともとタチだからか、あまり乱れることはない。しかし限界を越えたときに見せる顔が、可愛くて仕方がない。 「おおたき…さま…っ…はぅ…っ」 口に含んだまま、後ろを弄ると、陽の息が荒くなる。肉壁に絡め取られた指先で陽の中を解すと、俺の頭を掴む陽の手に力が入る。 充分に柔らかくなったのを見計らって、指を抜くと、うるんだ瞳で陽は俺を見上げてきた。 俺はワイシャツを脱ぎ、ベルトを緩めた。

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