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第16話 あなたの記憶 弐
気がつくと、陽が俺のしたで、悲鳴に近い声を上げていた。
「あっ…うぁ……んっ…」
何度も繰り返し、陽がイってるのも構わず、取り憑かれたように穿ち続けた。陽の腰を持った手にも力が入り、白い肌に爪が食い込んでいた。
「大瀧さまっ…もう…っ壊れっ…あっ」
壊れてしまえ、と思った。ずっと俺のものになれと言い続けているのに、陽ははぐらかし続けている。
オーナーに義理立てしているのか。そもそも自分の親ほどの年齢の男など、客以外の何者でもないのか。
もし陽が首を縦に振ったら、俺はどんな願いも叶えてやれる。
「許し…て…っん…っ……」
陽の体をうつ伏せにさせ、俺は無言で続けた。
パン、パン、という卑猥な音だけが座敷を埋めていた。陽の口からは、力ない吐息が漏れていた。後ろから髪を掴み強引に顔を上げさせると、苦しそうに呻いた。
「もう…これで最後だ…」
「大瀧さま…?」
陽の問いかけを無視して、俺は再び陽の中に自分の痕跡を残すべく、腰を動かした。言葉にならない声で、陽が助けを求める。
「ひっあ……あぅっ…んっ…」
陽の中にありったけの精を吐き出して、彼の体の上にうつ伏せに倒れたところまでしか記憶がない。陽の膝の上で目を覚まして、自分が眠ってしまっていたことに気がついた。浴衣を着せられて、どうやら身体もきれいに拭かれている。
「お目覚めですか、大瀧さま」
「俺は…寝ていたのか…どのくらい…?」
「小一時間ほどでございます。お身体は…辛くありませんか?」
俺は重い身体を起こし、陽に手渡された水を一気に喉に流し込んだ。
グラスを受け取り、陽は黙って俺を見つめている。声には出さずとも、俺の様子がおかしいことに対して、何があったのかと目が問いかけていた。
「…すまんな。乱暴にしてしまって…」
「何か気にかかることがございましたか」
「……もう一度聞くが、俺のものになる気はないか」
陽は、少し困った表情で、軽く首を傾げた。悲しげでもある。
分かっていた。どれだけ詰め寄ったところで、イエスと答えるはずがない。
「何度も同じことを聞くなと言いたげだな」
「大瀧さま…先ほど、これで最後だと…」
「明後日、日本を経つ。もう戻らん」
日本支社の撤退が決まり、俺は海外勤務になる。
家族は一足先に渡欧しており、俺は最後にこの宿に来たのだ。
万が一にも陽がイエスと言えば、海外に家を一件買い与えてでも連れて行くつもりだった。
妻も子供も居ながら、陽を手放せない。
女を抱くより、男を抱いているときの方が、満たされている。
どこかでその感覚を否定して生きてきたが、この「臥待月」に来てから、それが本当の望みだと理解した。
陽が欲しい。
独占したい。
手に入らないと思えば思うほど、愛しさが募る。同時に苛立ち、きつく当たりたくもなる。
もし妻と子供を捨て、世間体を捨て、財産も捨てたら、陽は俺のものになったのか。
それはノーだ。
結局、手に入らないものをずっと追い続けていた。
「お戻りにならないのですか」
「悲しい振りをするなよ。似合わんぞ」
「振りなどしていません」
陽は俺の頬に触れ、指先を唇の隙間に滑らせてきた。それを舌でねぶると、陽は顔を近づけ、口を開けさせた。
唇を甘噛みするようにキスをし、陽は俺の胡座をかいた膝の中に滑り込んできた。
「悲しみません。大瀧さまがどこにいようと、僕はあなたのものですから」
陽は俺の唇をついばむように何度もキスをした。
「適当なことを言いやがって」
「適当?」
陽の手が俺の両足の間に伸びる。思いの外力強く握られた。
「おいっ…痛い…」
「大瀧さまのここが、僕を覚えていらっしゃるでしょう?熱も、形も、感触も…あなたほど、僕の中を愛してくれた方はいらっしゃいません」
「…そうだったな…タチのお前を泣かせたくて、無理矢理…結局、泣かせるどころか、俺が離れられなくなっちまったがな」
陽は俺の浴衣の合わせ目を開き、そこに唇を寄せた。
熱い舌にゆっくりとねぶり上げられ、あっという間に昴ぶり始める。
この舌にも、何度となく興奮させられた。
陽の頭を押さえると、さらに深く咥えこまれた。
瑞々しい音を立てて吸い、舐め上げられ、俺はすぐに耐えられなくなった。
みっともない声を上げて達した。
酒も入っていないのに、俺は解き放たれた快感と、最後の時間が終わろうとする寂しさに耐えられなかったのか、不覚にも意識が遠のき始めた。
かすかに、陽の声が聞こえた。
「男は、ここで記憶するのです…僕はずっと、あなたの中に…」
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