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第19話 道しるべ 弐

「お…手伝い、ですか?」 「ええ…少し、支えていただきたいのですが」 夕さんの側に寄ると、白檀の香りが漂ってきた。 養父はもう、手に筆を持っている。しかしどこにも半紙はない。何に書くつもりなのか。 夕さんが、養父の座るカウチに近づいた。養父の前に跪くと、するりと襦袢の衿を大きく抜き、白い裸の上半身を露わにした。びくっと震えた僕を振り返り、夕さんは自分の背中を支えるように目で促した。 何が始まるのかわからず固まった僕の前で、あろうことか、養父は夕さんの白い肌に、筆を走らせた。 「えっ…」 思わず声が出た。何をしているのか。しかし、養父にじろりと睨まれて、僕はうつむいた。この人のすることに口を出さないこと。それが、兄たちに言われた唯一の注意事項だった。 養父はいたって真面目な顔で、夕さんの裸身に行書を書いている。 柔らかな筆の毛先が肌の上を行ったり来たりするたび、夕さんの口から吐息が漏れる。白い肌は墨で黒く汚れていく。 夕さんは養父が書き続けられるように、必死で姿勢を保とうとしていたが、徐々に息が乱れ、僕の手にしなだれかかった。 「ふっ…ん…」 筆先が乳首を撫であげると、耐えきれないといった風に夕さんは喘いだ。 僕の腕に体重がかかり、いい香りのする髪が、すぐ近くにあった。 夕さんの喘ぐ声を聞いてか、筆は執拗に夕さんの敏感なところを責める。 僕の腕には、火照った夕さんの体温がダイレクトに伝わる。 筆は次第に、夕さんの腹部に向かって降りていく。 僕の腕に寄りかかり身体を反らせるから、夕さんの局部がどうしても視界に入る。 きれいに剃毛されたそこは期待するように勃ちあがりつつあった。 養父は本当に紙の上に書いているような面もちで、夕さんの肌を黒く染めてゆく。 墨汁が垂れ落ちて、夕さんの腹部から性器のあたりを汚している。冷たい汁が敏感なところを伝い、その都度夕さんは身体を震わせた。 「ん…っあっ…」 筆の先が、昴ぶる性器の先端をかすめた。 夕さんの手が、背中を支える僕の腕を掴んだ。目を閉じて、息を荒げて、どうにか姿勢を保とうとするのを見ていると、養父と僕が共謀して夕さんをレイプしている感覚に陥る。 もはや行書を書くことよりも、夕さんの反応を見て楽しんでいる養父。 好き者だとは知っていたが、ここまでとは。 筆先は先ほどから、夕さんの性器を下から舐めるように撫で、先端をさすり、かと思えば鼠径部や太腿の内側を焦らすように行き来している。墨汁と、とろりとした先走りが混じり合って、そこは妖しく黒光りしていた。 そろそろ限界なのか、夕さんは養父に懇願した。 「も…う…っ…イかせて…っ…」 脚をびくつかせる夕さんを、満足そうに見ていた養父が、急に僕に視線を寄越した。 「晴登、触ってやれ」 「えっ…」 養父は筆を螺鈿の箱に戻した。もういいということか。 夕さんは力が抜けて立ち上がれない身体を僕に預けたまま、うっとりと見上げてきた。 「晴登さま…」 僕は何も考えられず、夕さんを抱き留めたままの格好で、後ろから彼の脚の間に手を伸ばしてしまっていた。 墨汁と精液で汚れた性器を握ると、夕さんは僕に背中をすり付けて喘いだ。 「はあ…っ…あっん……っ」 その声を聞いた途端、僕の中で何かが弾けた。 僕は夕さんの性器を無心で擦り上げた。淫らな音を立ててぬめり、僕の手の中で、夕さんはみるみる登りつめていった。腰ががくがくと震え、顎が上がる。 「あぁっ…イくっ……っ晴登さまっ…」 夕さんが僕の手でイった。白濁の液が飛び散ったのを見て、自分も下着を汚してしまったことに気づいた。 墨汁で汚れたスーツの代わりに出された服は、驚くほどにサイズがぴったりだった。 養父は満足したのか、用意された新しい着物に袖を通し、僕が着替えている間に迎えの者と一足先に屋敷を出ていた。 「えっ…帰った?!」 「先ほど、弓さまがお迎えにいらっしゃいました」 会議はどうしたんだ。そもそも、今日はまさか、計られたのか?でも、一体どうして?何の為に? 頭を抱える僕に、新しい着物に着替えて、さっきの乱れ方が夢だったんじゃないかと思うほどに穏やかな口調で、夕さんは説明した。 「明日の朝にはお迎えにいらっしゃると、オーナーが…」 「…そうですか…」 「…晴登さま。よろしければ、お食事をご用意させていただきました。お召し上がりになりませんか?」 「しかし、僕は養父の付き添いで、食事など頂くわけには…」 この宿で出される食事がどれほど豪華なものか、噂には聞いている。弓ならまだしも、今日初めて訪れた僕ごときがそんな接待を受けるわけにはいかない。 「晴登さま。オーナーは初めから、そのおつもりだったのですよ」 「え?」 「今日は、晴登さまにこの「臥待月」の全てを、知っていただくように、と仰せつかっております」 「ど…どういうことですか?」 「いずれお分かりになりますよ。さあ、こちらへ…」 夕さんに連れられて入った座敷には、懐石料理が並んでいた。夕さんは 僕に酒を勧めながら、にっこり微笑んだ。 「ご一緒させて頂きます。新城 夕と申します。この「臥待月」を任されております」 「相楽…晴登、です」 僕の名前などとうに知っているはずなのに、思わず自己紹介してしまった。明らかに、ただの客とは違う扱いに、背筋が伸びる。 酒と食事は申し分なく、夕さんの話を聞きながら、最初の緊張感などどこかへ行ってしまった。すっかり気分の良くなった僕に、夕さんはこんなことを言った。 「晴登さま、ご案内したい場所があるのですが…」 意識はしっかりしているものの、ふらつく足取りで僕は夕さんのあとに続いた。 長い回廊は空気が冷たく、少し酔いが醒めた。 夕さんは数ある座敷と、いくつかある特別な洋室、まさに養父と僕が通されたような部屋をひとつひとつ、案内して回った。 最初こそ、なぜわざわざ使っていない部屋を案内されるのか解らなかったが、「臥待月」の全てを知っていただく、という夕さんの言葉を思いだし、黙ってついて行った。 無人であるにも関わらず、座敷も洋室も、たった今掃除が終わったばかりのように清潔に保たれ、塵ひとつなかった。 と、最も奥まった座敷の前で、ぴたりと夕さんの足が止まった。 「こちらの座敷は、特別でございます。声を…お出しになりませんように」 「え…」 夕さんは人差し指を口の前に立てて微笑んだ。僕は訳がわからないまま、うなづいて口を片手で覆った。 夕さんが静かに襖を開けた。

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