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第23話 夕と陽 伍

オーナーは、電動の車椅子の向きを変え、俺と晴登さんを残して自室へ戻った。 緊張が解けると、膝が震えだした。よろめいた俺を晴登さんが支えてくれた。優しげな雰囲気とは反して、その腕は力強かった。 「大丈夫ですか…かけてください」 「…すみません…緊張が解けたら、足が…」 「養父が申し訳ない…あれでも心配しているんです。言葉がきつくて…」 「わかります。夕は…オーナーに大切にされていますから」 晴登さんは、少し首を傾けて俺の肩に手を置いた。 「夕さんだけではありませんよ。怪我の一報が入った時、陽さんは大丈夫なのかと気にしていました」 俺とそう年の変わらなく見える晴登さんは、控えめに微笑んで、俺の隣に腰を降ろした。 「養父に聞いたのですが、こういうことは初めてではないそうです。 「臥待月」が出来たばかりの頃は、夕さんに執着するお客様が多くて、それを断るのが大変だったとか…それから仲介人を立てて、素性を調査するシステムを作ったそうです。それでも数年に1、2回はこういうことが起こる…お客様の隠している部分を、仲介人も見抜けないことがあるんだそうです」 「あの…俺、いえ僕はまだお会いしたことがないのですが、仲介人というのは…」 「…店のように話さなくてもかまいませんよ。仲介人というのは、何人か居るのですが、統率をとっているのが彼です」 晴登さんは、夕が手当をされている部屋を指さした。 「相楽京一郎。先ほど言っていましたが、養父の弟です。ただこちらもややこしくて、養父と母親が違うそうです。ああ見えて、普段は花屋を経営しているんです」 道理で、ずいぶん若いと思った。オーナーの弟としては、年が離れすぎている。 そして、花屋。 客が名乗らなくても一目でそうだとわかるように、「臥待月」では予約客に指定した花を持ってくるように伝える。 それが、男娼目当てにいきなり押し掛ける輩と区別できる目印。 実際、俺の客も、花を持ってくる。 白い椿。白い薔薇。 雨の日はそれが和傘になることもある。季節によっては桜の枝であったり。そういえば、客が持ってくる花は、いつも同じ店の包装紙ではなかったか。 俺の考えていることを見抜いたように、晴登さんはうなづいた。 「予約客が「臥待月」の近くの叔父の店に花を買いに来るのが、最終チェックで…もし、彼の目で、危険を感じるようなら、指定された花は売ってもらえない。目印がなければ、門はくぐれませんからね。それでもやはり、こういうことが稀に…」 俺は知らなかった。 「臥待月」は、オーナー、その弟、息子たちによって何重にも守られていた。おそらくこれは、夕を守るために出来た砦。 それほどまでに、オーナーは夕のことを大切に思っている。 俺なんかが、敵うはずがない。 「だから、夕さんが新人を雇いたいと言ったときは、養父も驚いたそうです」 「え?」 「陽さんの前にも、何人か、働きたいという人が来たそうです。それが結局指導する夕さんに骨抜きにされてしまって、使い物にならない人ばかりだったそうで…養父に会うどころか、そもそも夕さんが気に入らなくて会わせなかったそうですけど…」 背中を冷や汗が伝う。 俺も同じ穴のムジナだ。 申し訳ない気持ちがふつふつと沸いてくる。 「それが一転、夕さんから直接養父に連絡が来て、会わせたい新人がいると…夕さんが陽さんを養父に引き合わせた段階で、もう雇うことは決まっていたみたいですよ。養父は夕さんに絶大な信頼を置いていますから。夕がそうすると決めたなら、俺は何も言えん、が口癖ですからね」 初めてオーナーに会った時のことを思い出す。 緊張しながら最終チェックをして、夕が「合格おめでとう」と笑ってくれた。 あの時すでに、夕は俺を迎え入れてくれていたのか。 そして、オーナーも。 俺は閉まったままのドアを見た。 夕。

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