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第34話――黒田――

 田淵の口車に乗せられて、黒田は起業する準備に取り掛かる。田淵のいうとおり、田淵との幸せを優先しながら、その間に会社を成長させ、外部からの圧力をかけるという手もありだと気付かされたのだ。  気持ちが途切れないように、ベンチャー企業の厳しい世界で「黒田」を常に意識する状況に身を落とすのだから、一石二鳥といってもいい。田淵との時間を確保するためにがむしゃらに働くことが、実は「黒田」の脅威になる日がきっと来るのだから。  ——であれば、先立つものと、相談相手が必要である。  廣田という男は、大学時代から院生になった今でも、金魚のフンのごとくついてまわるようなヤツで、放っておいても周りに笑顔を振りまくようなヤツだ。  院生も大学生と同じ校舎を使うために、正直やめてほしい。  「廣田くん!! 今日何かの授業でTAさんとして入るやつないんですか?」黄色い声を振りまく輩がわらわらと集まり始める。  振りまいた分だけ餌に群がる女どもの獰猛な目は、いつ見ても滑稽だ。あれが自分の中にもあって、田淵に向けてしまうことがあるなんて。  肩を組んでくる廣田を嫌がりながら、不自然に解いていく。あんなヤツが授業の補佐をしたところで、女がしょうもないことで質問して、授業にならないのがオチだろう。  女どもをかい潜り、研究室へ入ると、そこは研究ヲタクと何となく院まで上がった浮浪タイプがいる。黒田の存在に気付いても、ほとんどが無視だ。  追いついた廣田は、どっかりと空いてる椅子に座り込む。  「俺もさ、研究終わって論文書き上げるだけだからさ、就活しなきゃなんだけど、お前、何するか決めた?」黒田と系統の違うチャラついた雰囲気で話す。 「俺はもう論文も仕上げたから、就活するだけだよ」 「へぇ、内定とかももう貰っちゃってる感じ?」 「いいや、全く就活をしていない」 「いやぁ、余裕ですなー。ホープは企業様からお声がかかるから、ぼーっとしてていいと」 「就職はしないよ」  黒田は廣田を受け流すのは六年目ともなれば、お手の物である。 「……じゃあ、社長にでもなるつもりか?」 「そうだよ」  「ふーん、そういうつもり」含みのある言い方をされて、黒田も怪訝そうにする。  いつも隣にいながら、毎度不愉快な笑みを振りまいては、言葉の粗を探しているような奴だ。面倒事に引っ張り出したい欲が見え見えだ。  好条件な人間を側に置いて、何かにあやかろうとしているのではないかとさえ思える今日この頃。  最近では、会う度に就活の話を持ち出してくる。時期的には当たり前なのだが、相手が廣田であるだけに、卑しい話題に感じてしまう。  この嫌悪感にも似た心の靄は、まるで、「黒田」のようだ——。  

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