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第35話――黒田――

 研究室に籠もる黒田は考えていた。  田淵の運営しているHPやブログ運営を抱き込んでできないか、と。会社として大きなお金をそこに投資することで、様々なイベントを起こして集客しようと思案する。そうなると、田淵まで仕事をさせることになり、オフィスまで出向き周りの人間の目に触れさせてしまう未来まで見えた。  ——この案は有り得ない。  研究室を見渡すが、研究に没頭するか、論文のためにやむなしに研究する輩しかいない。  そこまで番付してから、廣田がいないことに気付く。  余裕をこいて女と出かけたのだろう。  論文の修正を少しやってから学校を出た。  バイト先では何着もサイズの異なる白衣が用意されており、それをハンガーから外して腕を通す。  その最中も起業のことで頭がいっぱいだ。  スマホのバイブレーションが白衣のポケットで振動する。  授業が終わり次第折り返すつもりで、無視し続けた。  「っち!! お前の言うように、社長に返り咲く気でいるようだ。折返しの電話を寄越してこない」男は舌を打つ。 「どうされますか。俺率いる子会社なんか、一捻りされて終わりですよ」  黒田の子会社をまとめる男は、軽いため息をついてみせる。 「アイツはアイツで田淵という男に執念を燃やし、黒田に協力要請まで出してきた奴だ。干渉しないという約束まで交わしておきながらだ。それほど執心する相手をこちら側に抱き込んでやればいいだけのことさ」 「……約束と言うのは、誓約書で書いたものがある、と」  黒田の代表相手に失礼に値するが、親会社からの支援も薄い子会社の代表は、聞かずにはいられなかった。 「そんなことをして表沙汰になれば、黒田グループの沽券に関わる。こちらが悪者に仕立てられるぞ。ああいうのは、マスコミが勝手なストーリーを作り上げるもんだ。とくに、シンデレラストーリーを作る材料が目の前にあったら、絶対作るに違いない。」  おそらく、彼は本当に利己主義的声質を、己が理解していないのだろう。さも、こちらに非はないという頑然とした姿勢を貫く男。  子会社の代表は嘆息まじりにいう。「それだけ脅威になりうる存在ですか。彼が」 「――、青二才が随分と出過ぎたことを言ってくれるじゃないか」  社長室にいる2人にはピリついた空気が流れる。 「俺が青二才でも、俺なりに会社と社員の生活を守っていかなきゃならないんです。社員を守ることは、彼らの家族を守ることでもあるんです。だから、中途半端に黒田飛露喜に使い駒とされるようなら、弾劾も厭いません」 「……なるほど。それは、俺が黒田のトップとして、ふさわしい。そういう解釈でいいんだな?」 「感情一つでトップを譲ったり、取り戻そうとしたりする無責任な人に就かれるよりマシです」  「ほぉ――ま、その考えはあながち間違ってはなかったようだな」社長室の椅子にどっかりと座る男は、葉巻の煙草をふかしていった。   「アイツがこの椅子に座ろうと躍起になれば、必ず、黒田グループ一体が焼け野原になっていただろうな。俺が飛露喜に細心の注意を払っているということは、アイツが黒田直系の血筋で、色濃くその血を受け継いでいるからだ。とくに、アイツの母親のようにな」  子会社の代表を務める廣田は息を呑んだ。 「くれぐれも勝手な行動はするなよ。足元すくわれて、最初に泣きを見るのは、お前のような子会社からだからな」

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