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第36話
「ただいま!!」少年のように靴を脱ぎ捨てながら帰宅する黒田。
田淵のいるリビングに直行せず、自室で部屋着に着替えてからまた、ただいま、といない間の補填するかのように抱きしめて離さない。
「おかえりー。この間のそう言えばの続きなんだけどさ」
「んー?」
話を聞いてくれているが、抱きしめる腕は解かないらしい。
「研究室って、好きな教授の研究室に入るんでしょ?」
「そうだね」
「だったらさ、飲み会とかあるんじゃないの?」
「院生に親睦もくそもないけど」
一刀両断してくれる黒田に、背伸びして頭を撫でる。「何も一回きりなわけないでしょう」。
「俺、行かないよ? 浮気、駄目、ゼッタイ」
「友達と飲みに行くくらいはしていいんじゃない?」
「えー、ヒロキさんとの時間が減るじゃん」
そして立て続けに「ムリムリ、悪酔いするくらい無理」と黒田はいう。
「ところでさ、ヒロキさん」
「そのHP運営ってさ。個人でやり続けてるの?」リビングでくつろぎ直した2人の視線は田淵のPCへ移る。
「そうだよー。どっかと提携するほど成就させたいわけでもないから、のんびりやってるよ」
「そっか。他と提携しちゃ駄目だからね」
「しないよ! 誰ともしない!」
「……えー、俺とも?」
「しないしない! ――え? 今なんて」
「はい、ショックなこと言われたー!」後ろから田淵を包む黒田が喚いている。
ここで黒田のスマホに着信が入る。
「――そうだった、連絡入ってるんだった」舌打ちをして、その場を立ち去る黒田。
さっきまで執拗に甘えてきていたのに、この瞬間だけは引きこもりと将来有望株との境界線を引かれている気持ちになる。
本来なら切り離された世界で生きていた人種でもある。
この状況がどれほどイレギュラーなものであるか、田淵はしっかりと理解しているつもりだった。
自室に入って電話を出たらしい。声が全く聞こえなくなってしまった。
PCに視線を戻す。マウスを動かして、無造作にクリックしているが、リンクも入っていないところで無駄撃ちをしているだけ。
暫くして戻ってきた黒田は、何やら余所行きの格好をしている。
「……ちょっと出かけてくるね。野暮用できちゃった」
「そ、そっか。行ってらっしゃい」
「今晩中に必ず戻るから、寝ちゃ駄目だよ」
「今日は抱きます」と宣言して家を出ていった。
田淵は心なしか、鼻歌を刻みながら脱衣所へ向かったのだった。
(僕って、現金なやつだなぁ)
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