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第43話

 黒田の部屋に取り残された田淵は、初めての嫉妬に戸惑いを隠せないでいた。 (何、あの匂い・・・・・・明らかに相手が僕のこと煽ってるとしか思えない――クサイ人、嫌いだ)  しかし、移染する距離を許した黒田にも非を求めてしまう自分がいる。疑う余地の無いほどに愛してくれているのに、行き場のない嫉妬はどうしても黒田に向かっていく。  自室に戻って、隠しておいたラムレーズン入りのチョコバーを食べきる。  今の田淵にこの甘さは毒であったが、構わず口に放り込み、コーヒーの替わりに水で流し込んだ。  すると、タイミングよく黒田が浴室から出てくる音がする。キッチンで水を飲み干した田淵にはよく聞こえた。  ――落ち着いた怒りがまた沸き起こる。  この状態で顔を合わせても、何を口走るのか自分でも分からない。  「ヒロキさん、匂い落としてきたよ」その言葉に肩がぴくりと反応する。 (匂い落としてきた? 移ってるって分かってて、その状態で僕に近づいたの?! ――甘ったるさに拍車かかりすぎて、もはやどぎつい匂い・・・・・・さっきチョコバー2本食いしたせいかな、むかむかする) 「ヒロキさん・・・・・・」  「おやつの時間だね、小腹空かない?」話題を振ってくる黒田には、多少の焦りが見られる。   「僕、要らない」 「じゃあ、時間も空いてることだし、一緒に映画でも見る?」 「さっき寝ちゃったから、仕事を残したままなんだ。続きしなきゃならないから。部屋に戻るね」 「・・・・・・っ」  「ここでしなよ」キッチンから離れてリビングを出るドアへ歩く歩みを阻まれる。腕をがちりと掴まれたのだ。  2人は体格差を理解しているから、黒田は本気で嫌な時はしっかりと掴むし、抵抗するのは無駄だと田淵も阻止された行動をやめる。 「待ってて」  黒田は自室から田淵のPCを持って来て、リビングの卓上に置いた。    「ほら、ここでしなよ」黒田はいう。 「・・・・・・ここでしたくない」 「どうして」 「自分の部屋で集中してやりたいの!」  ツンとした態度を取り続けていると、黒田が田淵を横抱きにして、いつも寝るベッドに放り投げた。「ヒロキさん、あまり俺を不安にさせないでくれる?」馬乗りになって、田淵を覆う。  見下ろす黒田の陰影も手伝ってか、いやに怖い顔をしている。 「家の中くらい自由にさせなきゃとは思ってたけど、ヒロキさんに自分の部屋なんて要らなかったね」 「・・・・・・何で僕が責められなきゃならないのさ・・・・・・」 「だって、ヒロキさん、俺から距離とるじゃん」 「――当たり前だろ!! いかにも女がすり寄っていましたよ、っていう匂いぷんぷんさせて帰ってきて、その匂いが移った身体で僕に近づいてさ! ――なんなのさ・・・・・・。疑うつもりは無いけど、無神経らって・・・・・・きるけよ!!」  「飛露喜君の馬鹿ぁ」今日は嫉妬で感情の制御もままならないらしい。急な土石流のように、次から次へと涙を溢れさせては目尻から垂れていく。

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