44 / 104
第43話
黒田の部屋に取り残された田淵は、初めての嫉妬に戸惑いを隠せないでいた。
(何、あの匂い・・・・・・明らかに相手が僕のこと煽ってるとしか思えない――クサイ人、嫌いだ)
しかし、移染する距離を許した黒田にも非を求めてしまう自分がいる。疑う余地の無いほどに愛してくれているのに、行き場のない嫉妬はどうしても黒田に向かっていく。
自室に戻って、隠しておいたラムレーズン入りのチョコバーを食べきる。
今の田淵にこの甘さは毒であったが、構わず口に放り込み、コーヒーの替わりに水で流し込んだ。
すると、タイミングよく黒田が浴室から出てくる音がする。キッチンで水を飲み干した田淵にはよく聞こえた。
――落ち着いた怒りがまた沸き起こる。
この状態で顔を合わせても、何を口走るのか自分でも分からない。
「ヒロキさん、匂い落としてきたよ」その言葉に肩がぴくりと反応する。
(匂い落としてきた? 移ってるって分かってて、その状態で僕に近づいたの?! ――甘ったるさに拍車かかりすぎて、もはやどぎつい匂い・・・・・・さっきチョコバー2本食いしたせいかな、むかむかする)
「ヒロキさん・・・・・・」
「おやつの時間だね、小腹空かない?」話題を振ってくる黒田には、多少の焦りが見られる。
「僕、要らない」
「じゃあ、時間も空いてることだし、一緒に映画でも見る?」
「さっき寝ちゃったから、仕事を残したままなんだ。続きしなきゃならないから。部屋に戻るね」
「・・・・・・っ」
「ここでしなよ」キッチンから離れてリビングを出るドアへ歩く歩みを阻まれる。腕をがちりと掴まれたのだ。
2人は体格差を理解しているから、黒田は本気で嫌な時はしっかりと掴むし、抵抗するのは無駄だと田淵も阻止された行動をやめる。
「待ってて」
黒田は自室から田淵のPCを持って来て、リビングの卓上に置いた。
「ほら、ここでしなよ」黒田はいう。
「・・・・・・ここでしたくない」
「どうして」
「自分の部屋で集中してやりたいの!」
ツンとした態度を取り続けていると、黒田が田淵を横抱きにして、いつも寝るベッドに放り投げた。「ヒロキさん、あまり俺を不安にさせないでくれる?」馬乗りになって、田淵を覆う。
見下ろす黒田の陰影も手伝ってか、いやに怖い顔をしている。
「家の中くらい自由にさせなきゃとは思ってたけど、ヒロキさんに自分の部屋なんて要らなかったね」
「・・・・・・何で僕が責められなきゃならないのさ・・・・・・」
「だって、ヒロキさん、俺から距離とるじゃん」
「――当たり前だろ!! いかにも女がすり寄っていましたよ、っていう匂いぷんぷんさせて帰ってきて、その匂いが移った身体で僕に近づいてさ! ――なんなのさ・・・・・・。疑うつもりは無いけど、無神経らって・・・・・・きるけよ!!」
「飛露喜君の馬鹿ぁ」今日は嫉妬で感情の制御もままならないらしい。急な土石流のように、次から次へと涙を溢れさせては目尻から垂れていく。
ともだちにシェアしよう!