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第49話

「・・・・・・では、契約金をお出しするという条件でこちらに寝返っていただけないでしょうか」 (へ?! この人しつこいな! 寝返るって言い方も気に食わないし) 「――交渉ですか」 「1000万からでどうですか」 「もしかしたら、そちらに抱き込まれる可能性があって、僕の収入源が取られてしまうのであれば、僕が今稼いでいる額、いえ、それの何倍かは出して保証していただかないと」 「・・・・・・ふっかけすぎではないですか」    「そちらがどうしてもとおっしゃるので、それなりの特別価格を言ったまでです。本来ならば、口約束とはいえ、約束している方の利権なので」田淵は饒舌に攻め込む。 「それともなんですか、私人にそこまで出す価値はないと? ――たしかに僕もそう思いますよ。どうなさいますか」 「――これ以上は私の判断の範疇を越えた話ですので、一旦持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか」 「はい、かまいませんよ」  1ラウンド目は田淵の勝利に終わったらしい。連絡先を交換しなくて済むよう、スマホは家に忘れたと付け足して、店を出た。  ほっと胸をなでおろす、一人の帰り道。そっとポケットに手を伸ばせば、偶然にしては間が悪い着信が入った。 「もしもし」 「ヒロキさん・・・・・・」  声が反芻してハウリングしているように聞こえた。  しかし、その違和感は的を得ていたようだ。  「後ろ」言われたように振り返る。  ――マズイ。  とくに、この時期で、信頼を寄せている人からの裏切り行為は。  しかし、ここで狼狽えるのも得策でない気がして、立ち尽くす。  以前も余裕たっぷりに黒田を相手にしていたが、キレた黒田は、田淵の声ですら耳に届かない。 (どうしよう・・・・・・言い訳がましくなくて、交渉の話がバレないアリバイと、ご機嫌取りをする方法) 「ヒロキさんに似ている人が歩いていると思ったから、間違えないように電話かけてみたら・・・・・・黒だったなんて」 (隠しカメラを弄ったことはバレてない・・・・・・)  歩いて近づいた黒田の表情がだんだんと明るみになっていく。   「どうしたの、連絡もなしにこんなところで一人で」 「うん、僕も連絡する暇なくて・・・・・・仕事の事でちょっと出てたんだ」 「仕事?」  表情筋を動かさない黒田に、冷酷非情な雰囲気が漂いつつある。しかし、黒田は田淵を相手にしている時だけは、優しくしてくれるという自負が抜けない。 「俺に連絡の一本も寄越せない、急な仕事の用事って、田淵さんにあったっけ」  ご尤もなことを言われてぐうの音も出ない。だが、なにか言わなければならない。  ここで嘘を言ってしまえば、この場限りでも黒田は田淵を信用するだろう。 (でも・・・・・・黒田君の周りがあんな人間だらけだったのに、僕まで黒田君を欺いたら駄目だよ――) 「黒田君」  冷淡な黒田に腕を回して抱きついた。  「車で来てる?」背伸びして耳打ちする。  すると、こくり、無言で返事をする黒田。 「もし、帰宅するだけなら、ドライブに連れて行ってくれる? 僕ペーパーだから、ドライブできる人黒田君しかいないんだよ」 「・・・・・・こっちに停めてあるから、来て」  指を絡め手を引く黒田に、胸が締め付けられる。 (話を聞いてくれた・・・・・・)  

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