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第51話――黒田――
「どういうこと」
「見たままよ。貴方が黒田に牙を向けば、田淵様も巻き添えにすること、忘れないで」
「それじゃ、報告してくるので失礼します」女は会釈程度に頭を下げて、後方の部屋へ消えていった。
「・・・・・・」
黒田はその足で帰宅しようと考えた。
△△会社へ戻る理由はもうない。田淵の確認がてらに自宅へ帰ろう。
車に乗り込んで、自宅付近まで来ると見知った人影がゆらゆら歩いていた。
――刹那、脂汗とともに嫌な心音が鳴り始める。
車を道の端に一時停車させて、その姿を凝視する。
それから、スマホの画面を見て、自宅のカメラと繋げる。
「PCを弄ってるな・・・・・・じゃあ、目の前のアレは別人か」連絡の履歴を見てもなにもないので、張り詰めた空気を田淵に解いて貰うように、電話をかけた。
――運転する黒田の助手席に乗っているのは、紛れもない田淵である。
窓を少しだけ下ろして、車内に爽快な風が入ってくる。
「気持ちいいね」短い髪をたなびかせて、田淵はいう。
「・・・・・・僕、さっき黒田の本社の秘書さんがうちに来たんだよね」
「・・・・・・」
「黒田君から聞いてたから、来るかもしれないとは思っていたけどさ、実際目の前にしてさ――すごい・・・・・・クサイ人だなって思っちゃった」
「あそこまで酷いと香害だよ」匂いを思い出したのか、顔をしかめていった。
「ぷっ! ちょっと、今シリアス展開じゃなかったの」
「いや・・・・・・だって、黒田君についてた匂いだったから・・・・・・ていうのもあるんだけど、すごいクサかったよ。そんな匂いの人をうちにいれるわけにはいかなくて、近くの喫茶店で待ち合わせて少し話したんだ」
「たしかに、あの人、クサイ」
「でね、用件っていうのは、うちと契約しませんかーって言う話でね――」
「それ、断ったよね」
食い気味に田淵の言葉と重ねる。
「もちろん、ちょっと嫌味言ってやったから、怒ってるかも」
(そこまでのコミュニケーション能力がもとからあったようには感じなかったけど、俺で慣れたのか、それとも28歳の余裕なのか――)
「・・・・・・すごいね」
「もし、その売り言葉に買ってきたら、そのまま買われるつもりだよ。契約金たんまり入ってくるし――利権を譲渡して、僕は隠居しまーす!!」
「え?」運転中だが、ちら、横を見る。
田淵は気にせず続ける。
「要は、僕が黒田の味方だぞー、てなることが向こうの狙いだから、それに1抜けしちゃえばいいって話しだよ。契約書をよく見る必要があるけど、そこは僕が頑張る」
「・・・・・・ヒロキさん、どうしたの」
「え、なに」
「もっとポンコツだと思ってたよ」
もちろん、褒め言葉の意味で。
たしかに、もっとポンコツであればよかったと感じたことはあった。しかし、大企業を相手にした交渉を一枚上手に進めてきたのだ、脱帽もいいところである。
むくれる田淵に寂しさを感じるが、香害女と田淵の言葉に矛盾が生じている。
――どちらを信じるかなど・・・・・・。
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