「大将ー、炒飯おかわりー」 「デー食いすぎだ！」 「えー、まだ食べれるー」 「うっせ！　うちを潰す気か！！」 「だって、奢りって言ったじゃんー」 「にしても5杯は食いすぎだ馬鹿野郎！」 　デーの手元に積み重ねられた食器が、彼が大食漢であることを表している。 「あーあー、デーはもう酒でも飲んでろ！」 　大将がバイト生に声を張り上げて、ジョッキで注がれた生ビールを差し出した。 「あー、ドリンクでケチってきたー」 「あぁん？　文句あっか？」 「原価安いの持ってきてー」 「･･････文句言いやがったな？」 　「よし、気が変わった。デー、お前今日の分払え。もちろん、小せぇ友達の分もだ」。大将は青筋を浮き立たせていった。 　それを聞いて、一気に青ざめるディアゴの表情筋は、常日頃から動かされ、洗練されたリアクションをとる。 「っええーー！！　ひどっ！！　大将ー」 「うるせぇ！　お前にゃ水でもいいくれぇだ。ほい、小せぇ兄ちゃん。デーの奢りになったから心置きなく頼めるぜ。――何なら、ここで一番値の張る酒を持ってこようか」 　したり顔をする大将は悪魔の囁きを田淵にしてみせた。無論、隣にいるデーにも聞こえる。 「うちんとこで一番高ぇのは･･････てか、アンタほっそいし、酒得意じゃなさそうだから――、女でも飲みやすい『伊蔵』だな！」 「え、あるんですか？」 「おうよ、なんとそれだけはうちも扱っててな、あるんだよ。なんならボトルキープしようか？」 　酒が得意ではない田淵にも、『伊蔵』を知っていて、万人受けしやすいプレミアムな酒だということは認知していた。 　ゆえに、大将がディアゴにさらなる仕打ちをせんとばかりに、にたにた笑っているのがとても怖い。 　大衆居酒屋は安くて美味いを取り柄にしているのに、ボトルキープだけで数万はしてしまうのだ。 　2人の仲の良さを窺えたところで、「じゃあ、一杯だけ貰っても･･････」と言ってみる。 「ヒロキ！！　いいよ、いい！　じゃんじゃん飲んで！　大将、ボトルキープ！！」 「ほぉー、兄ちゃんやるなぁ」 「はい？」 「まぁまぁ、いいから『伊蔵』な。はいよ」 　なみなみに注がれた小さいグラスが差し出される。 　 「いただきます」 　ゆっくりとグラスに口をつける。ファーストコンタクトはほんのり香るフルーティな香りがする。口内への検問をゆるゆるにさせてから、流れ込むことに成功すると、今度はしっかりと芋の存在感を主張しながら、甘さをも従えて口内を支配していった。 　つまり、大将の言うように飲みやすくて「美味い」のだ。 「これ、もう一杯飲みたい、です」 「おお、舌が肥えてんなー。　デーは馬鹿舌だから、飲むなよ」 「ブーブー！　ま、いいよ。ラベルの名前もヒロキって書いといて」 「それで間違いねぇな」 　その日、ボトルの3分の1を一人で飲み干した田淵は、久しぶりの泥酔に心地よさを感じながら、アットホームな居酒屋を後にした。