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第81話――黒田――

 そこへ、タイミング良く黒田のスマホに着信が入る。まさに助け舟だ。  「ちょっと仕事の電話みたいだから、ついでにパソコン持ってくるよ」と言い逃げるようにリビングから抜ける。 「もしもし、廣田? スゲー助かったよ」 「あ? そうか。で、調べてみたんだけど」  「ディアゴ・カルスコス・ジェーンって奴なら社員として在籍してる。ハーフなんかじゃなくて、純粋のノルウェー人。ここまではさっき連絡した通りだけどよ」カチカチと後がする。マウス操作をしながら話しているらしい。 「ソイツ、前の会社が黒田の本社勤めだったらしいんだよ。中途採用の面接は人事部に一切を任せているから、俺も知らなかった事実だったわ」 「・・・・・・やっぱりな。じゃあ、ヒロキさんの浮気は白に近いことになる――」 「え、なぜ?」 「日本人というか、黒田の上層部に近い役職かもしれないんだよ。明言を避ける言い回しが、まさに黒田の人間を象徴してる。そこに、廣田が黒田の人間だって確実な情報を入れてくれた。それも本社勤めとあれば、俺の予想は的中」 「ま、まぁそうだな。たしかに、社長があんなんだしな」 「で、中途採用で入ってくるってことは、また、間接的に刺客を送り込んできた可能性も十分に考えられる。だから、情が移った可能性を除いては――」 「ハニートラップならぬ・・・・・・いや、もうこれ以上の言葉は言えねぇや」  暫く沈黙を作った廣田が口を開く。「まぁ、妥当な時期だな。あのあとすぐに行動をとれば、内部の混乱をさらに招くことになるから、噂は75日の感覚で間を空けてきやがったんだろうな」。 「その意見に賛同だ」 「じゃあ、現行犯で証拠を掴めるように、見張りが必要になってくるな」 「そんなことはちょっと置いとくとして――」 「置いとくな!」 「ヒロキさんが黒だと思ってたし、ヒロキさん自身も黒だと信じて疑わなかったから、お互いヤッた、ていう認識でいてさ。その状態で出ていかれたら、本当の別れになると思って監禁したはいいけど・・・・・・この電話が来る前に・・・・・・ヒロキさんの会社に行ってさ、代わりに辞職願を出しちゃった」 「っ――はぁ?!」    「いやいや、監禁もやりそうだ、っていう軽いイメージはもってたけど、実際にやりやがったし、それより、仕事辞めさせたって!!」黒田の耳が痛くなるほど驚愕の声のボリュームが伝わる。 「勝手にやっちゃったし、さっき会社に急に休みを貰ったから、その詫びの連絡を入れたいって言われちゃって。困ってたところに、廣田が電話かけてくれて」 「ただの時間稼ぎじゃねぇか。で? 戻れそうなのか」 「・・・・・・席は空けとくって」 「じゃあ、問題ねぇ」 「・・・・・・」 「おい・・・・・・ほとぼり冷めればそれでいいかな、なんて馬鹿な考え、ないよな」  黒田は無言の肯定を示した。 「田淵君を直接見たことはねぇけどさ。ぶっとんではいるだろうが、おそらく、黒田よりは健常者に近い存在だぞ。社会に出たい、コミュニケーション取れるようになりたい、何より、そう思う行動原理がお前と肩を並べたい一心なら、尚更・・・・・・。これ以上溝を掘ってみろ。戻れるもんも戻れなくなるぞ。引き返せるうちに引き返せ」 (健常者って・・・・・・じゃあ、俺は一体何の病気を持ってるっていうんだ) 「でも、いつ、また、こんな状態になるか分かんないじゃないか」  廣田は社長という肩書きをもった黒田に、怒鳴りつけた。「だから!! 本質を見抜けと言ってるだろうが!! 何でそんな状況になったのか、その原因をよく考えろ!」。    言い逃げるように、通話を一方的に切られてしまった。

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