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第86話

 人間というのは、環境に適応しながら生きていることを身に沁みて実感する。  黒田に別れを告げて早1ヶ月。季節の変わり目に差し掛かり、木枯らしが肌を突き刺してくる。  田淵はまた、黒田と出会う前と同様に、不労所得をメインに生活をするようになっていた。  実家への負担も考えて、すぐに県外に住居を移してマンションに住んだ。 勿論、裕子は止めてくれた。だが、田淵は言い難い喪失感と共に出ていく。  築年数は然程経っておらず、比較的家賃の値が張るところへ住んではいるものの、一人暮らしということもあり狭めの部屋を選んだはずだった。  ――だだっ広い、それに尽きた。  スーパーのレジ袋を提げて帰宅した田淵は今晩の献立を考える。   (そういえば、黒田君は献立を決めてから材料買いに行ってたような気がする・・・・・・。――あれ、そういえば、黒田君って、何が好物だったんだろう)  食材たちと見つめ合い不毛な疑問に気を取られる。  そして、あっという間に時間は経過しているのだ。  最近はそれが多すぎる。  そして、事も無げに料理をし、食べて、食器を片す。それからPCのチェックを終えると、後はやることが何もない。  以前の自分は何をやって人と会うことを拒んでも平気でいられたのか、それすら分からない。  この1ヶ月、通信機器の類は全て置いてきた田淵に、黒田の追跡力をどこまで期待したのか、音沙汰のないことに「そういうことなんだ」と勝手に思い込む。  それ以外は、心の揺らぎも沈みも大してすることなく、繰り返される日々を淡々とこなしていった。  そのような日々を送っていると、自然と腹が減ることがなくなる。そして、動く気力もそれによって削がれていく。  自堕落な生活を送っている自分に嫌気がさすことなく、ただ、その空間に居続けた。 (ゼロから始めるなんて言っときながら、これじゃ、マイナス――)  急激な眠気と共に、入眠していった。

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