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第87話――廣田――
黒田は相変わらず、仕事を集めさせては自分で全てをこなし、社員としての仕事も喜んで引き受ける日々を送っている。
目の下にクマさえできていれば、注意のひとつも耳に入れてくれたかもしれない。
だが、廣田の目の前で仕事の鬼と化している男には、無尽蔵の体力があるらしい。衰えることなくディアゴのコントロールも両立している。バケモノだ。
「なぁ、疲れたりしてねぇの」
「なんだ、そんなことか」
「今は会社を大きくするのに大事な時期だろう。ここで伸びきれなければ、生き残れない」会社の将来を見据えたコメントをしてみせた黒田。
「失恋して仕事に没頭するまでは世間一般と変わらない行動を取るんだな、お前」
「失恋? 誰が」
「・・・・・・」
「いやいや、俺たちは別れてないよ?」
「・・・・・・でも置き手紙――」
「お世話してきたんだから、礼くらい言うもんだ」
「でも、直接言わないところは、良くないから、全てが片付いたら叱ってやんないと」黒田の手はタイピングを止めない。
「叱られるべきはお前だろ。きっと幻滅したんだ」
「・・・・・・廣田ぁ。お前、クビ、はねるよ?」
「ふっ、上場したんだから、そう簡単にはいかねぇよ。この会社はもう俺らだけのものじゃなくなったんだ、いい加減、その社長権限で俺にモノを言うのをやめろ」
はた、手の動きを止める。
(ヤバ、言いすぎたか。つか、耳にイヤホンしたまま仕事して、俺とも会話するって、失礼以前に聖徳太子か)
「俺、ヒロキさんが起業しろっていうからしたまでだよ。正直、トップになって、それなりの自由が手に入ればそれで良いんだよ」
「あ、ちょっと黙ってて。音がしない・・・・・・?」黒田は時間を確認して、おもむろに席を立つ。
「おい、どうしたんだ?」
「今日までの仕事詰めは終わりだって話だよ。詳細はスマホに送っとくけど、ディアゴは別に見張りが必要な人物ではないようだから、それだけは言っとく。――まぁ、会社には害のないものってだけだけど」
いそいそと帰り支度をしたと思えば、懐かしささえ覚える速さで社長室を後にした。
「田淵くんってのがどんな人かは知らないが、こんだけ黒田を振り回してるってだけでも大物だな」廣田は独りごちる。
「ん、待てよ。ディアゴが会社に害がないとすれば・・・・・・田淵と浮気した事実はクロ・・・・・・? 互いの同意の上――」
黒田の異常なまでの執着をものともしなかった田淵に、初めて恐れ慄いた――。
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