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第91話
「――ん、――さん! ヒロキさん!!」
脳裏に聞き慣れた、心底安心する声色が流れ込んでくる。
だけど、どうにも瞼を開くことができない。
一応、脳から「目を開けろ」と司令を出してはいるのだが、システムエラーが生じているらしい。
それはそれで、聞き飽きない声が入り続けるのでいいかと思い、システムエラーの修復を急ぐことはしなかった。
黒田と距離を置いた自分はもぬけの殻で、何もできない自分にひたすら自己嫌悪を感じ続けた。それと同時に、愛執してくれる黒田にもっと伝えるべきことを伝えて、こうなる前に食い止めるべきだった。
県外へと身を潜めてから、ずっと考えていた。
――素直に、寂しい、といえばよかったのだ。
自分から勧めた道ではあるし覚悟もあった。だが、その予想を遥かに超える黒田不足で、このような事態を招くくらいなら、早々と観念して、白状して、2人で話し合うべきだったのだ。
未だに思う。
浮ついたディアゴがなぜだか黒田と面影が重なった。
どうしてかはわからない。
だが、いつも掬い上げてくれるのは黒田だということは今も前も変わらない。
――会いたいよ、黒田くん――。
さらに眠気が襲ってきた。これを手放してしまえば一時の現実逃避になるだろうか。
「ヒロキさん、起きて」
今度は如実に聞こえる。鮮明で、現実味を帯びた声。
目を開けたい。きっと、目の前にいてくれている。
それも、暗然たる面持ちで田淵を見ているに違いない。
もし、田淵の側に居てくれたなら、職場を辞めさせられたこと、その根本的な原因を一緒に話し合って、間に合うなら「寂しい」と一言大きな声で伝えたい――。
田淵は未だ脳と身体の伝達情報が一致しない中、目を開けるという司令を出し続けた。
そして、ようやく伝達情報が合致したのか、完璧な司令通りとはいかなくともゆっくりと、それは開かれる。
「ヒロキさん!!」
「・・・・・・」
(やっぱり黒田くんだ・・・・・・)
眼球の運動はあまり思い通りにいかず、視線変更をするのにも時間を要する。だが、そこに黒田の姿はあって、最近見慣れていた爽やかで淀みのない安堵した顔が窺える。あとは、背景がやたらと白い、くらいだ。
田淵宅でも黒田宅でもない。
「――俺がヒロキさんを死なせやしない。簡単に逃げられると思ったら駄目だよ・・・・・・」
「・・・・・・」
(僕、自殺未遂だと思われてるの? 違うよ、ただ、お腹が空かなくて、動く気力も失せて寝てただけなんだ)
「こんな遠くまで逃げて、現世からも逃げようとするなんて。そんなに仕事辞めさせたことが駄目だった? ――っ、ごめん、ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい! だから、俺と離れてても死ぬことまでは選ばないで」
「・・・・・・」
「あの置き手紙は破ってしまって、証拠として残ってないから・・・・・・。元気になってからでいい。俺が色々画策する前に、もう一度同じように書いて。日付も一応あの日の日付で。そしたら、ヒロキさんの不利になるような展開にはならないと思うから。ちゃんと写メをとって証拠を残しておくんだよ。――、今は自制できるかもしれないけど、やっぱり・・・・・・後で画策することは制御できそうにない、からさ」さっきまで握り締めていた田淵の手をゆっくりと離していく。
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