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第94話――黒田――
最近は仕事を廣田に押し付けて、他県の総合病院に通い詰めだ。
「ヒロキさん、今日のご飯もお粥・・・・・・というかまだ重湯なの?」
「そうみたいだね。僕ももう大丈夫だっては言ってるんだけど、なかなか退院できなくて、退屈してるんだよ」
「だって、もう2週間だよ?!」田淵は申し訳無さそうに眉を垂れてみせる。
「こんなに素直に全部食べてるのにね・・・・・・」
食べさせた容器は空にしている。だからこそ、不思議でしょうがなかった。
「田淵さんの付添いの方ですか?」病室に入ってくる、主治医と思しき人物が黒田に声をかける。
返事をして途中経過の報告を別室で受けることになった。
長机と椅子しかない簡素な部屋に連れてこられ、まるでドラマのワンシーンのように現実味がない。
それは、主治医から発せられるものにも当てはまることだった。
「田淵さんですが、ちょっと状態が芳しくないないんです」
一瞬で心臓を跳ねさせて、田淵の部屋で見つけた声をかけても起きない姿が想起する。
此処は病院、そうならないために入院しているのだと、そう言い聞かせて主治医の続けられる言葉に耳を傾けた。
「というのも、食べなくては治るものも治らないのに、どうしても食べることが難しいようなんです」
「え?! さっき見てたでしょう? 全部食べてましたよ」
「それは僕も見て驚きました。僕が診る時間帯はどうしても夕方よりも前になるので、朝と昼のどちらかに見に行くようにしているんですが・・・・・・ほとんど口にしていないか、それらを嘔吐してしまっているかのどちらかなんです」
「・・・・・・そうなんですか・・・・・・」
「電子カルテでは嘔吐なし、となっているのが決まって夕食時のみだったので、もしかしたら、貴方のおかげかもしれないんですね。田淵さんの様子を見る限り、無理して食べきっているようには見えないので」
「心理カウンセラーや精神科医に診てもらうことも可能というか、付けるべきなんですが、このままではおそらく、田淵さんには精神疾患の病名が診断されるでしょう」一呼吸をおいた主治医はいう。
「正直、精神疾患として診断されると、大きな買い物をするにも保証人を立てなければならないので、多少の不便になってしまいます。くわえて、独り身のようですし、パートナーのいないうちからは――」
「あ、パートナーは俺です」
「あ、そうなんですね、良かった!」
主治医の徐々に険しくなる顔つきが一気に和らいで、「じゃあ、退院するまでの少しの間でいいので、今までよりたくさんの時間を彼に注いでやってください。きっと、貴方自身が彼のお薬となるでしょう」と朗らかにいった。
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