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第30話

呆れられたのか、こんなに簡単に泣く俺を嫌いになったのか、などということを考えるけれど、溜息の理由なんて分からなくて、流れる涙が止められない。 晴さんに触られている左手の感覚が無くなってきて、ひんやりとしてきた。なにも言わない晴さんが怖くて、小刻みに震えてくる。 「優」 びくりと大袈裟に肩が跳ねる。救急箱の蓋を占める音が部屋に響く。ふらりと晴さんが立ち上がった姿が、子供の頃、母に虐待されていたときのことを思い出させた。 条件反射的に目をぎゅっと瞑り両手で身体を庇って、次に来るであろう打撃に備える。 しかし、俺を襲ってきたのは、痛みではなく、暖かさだった。 「優、ごめん」 ぎゅう、と晴さんが腕に更に力を込めながら、俺に謝る。 「え、えっ、あ、晴さん…?悪いのは俺だから、謝らないで」 むしろ俺の方がごめん、と謝りつつ、あげていた手をそっと下ろした。

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