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第32話

仕方が無いので、ソファの上で体育座りしてぼーっとする。丁寧に手当された左手は、ガーゼがズレたりしたら困るから、と包帯でくるくると綺麗に巻かれている。 ほんとに、なんでも出来る人だなぁ、と思っていたら、ふわりと味噌の香りが漂ってきた。 どうしても気になって、広いアイランドキッチンの向かい側からフライパンの中身を覗き込むと、味噌野菜炒めが最後の仕上げに取り掛かられているところだった。 晴さんは、2個あるコンロの両方に道具を置いていて、片方は野菜炒め、もう片方は深めの鍋で卵スープを作っていて、作業台の上には煮物がのっていた。 さっきちらっと冷蔵庫の中身を覗かせてもらったときに気づいたのだが、小さく小分けされているタッパーがいくつか入っていて、その中身は日持ちする煮物や漬物とかだった。 雰囲気から察するに、恐らく晴さんが自ら作ったものだと思われるが、なんで有名な会社の社長一族がこんなに家庭的な料理を自分で作るんだろう?と思う。 しかも最終的に7時には全てが温かい状態で食べ始められるようになっている。 俺は家で料理をするけれど、煮物なんて作ったことないし、だいたいざくざくと雑に切られた野菜をフライパンで炒めたものと米、たまに焼いた肉、みたいな食生活をしていた。 たまに他にも作ろうかな、と思って2品作ったりするけれど、同時進行というのがどうしても上手く出来なくて、いつも順番に作っているので、片方冷めた状態とかが多い。 手際いいなあ、と見つめていると、食器棚からプレートを2枚取り出した。 中が3つに別れているプレートで、1番大きなところに野菜炒め、中くらいのところに煮物を置いて、最後に1番小さなところにきゅうりの浅漬けを置いた。 なんだかダイエット中の主婦みたいな、野菜ばかりのプレートが出来上がったけれど、誰かの手料理を食べるなんて随分久しぶりでテンションが上がる。 箸くらいは俺が並べる!と言うとじゃあ宜しく、と頼まれたので、やっとやることが出来たとうきうきで食器棚についている引き出しを開ける。 そこで、ぴし、と固まった。 一一 そこにあったのは、シンプルに桜が彫られた木でできている、青と紅の夫婦箸だった。

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